低山を巡る 脇澤 一弘(CARS幹事)
学生時代に様々なアルバイトをしましたが、その中に、競技マラソンの給水所のテーブルと、折り返し地点のポールを設営し、最終ランナーが通過する端からそれらを撤去していく、というものがありました。
なんというレースだったかは覚えていませんが、暑い季節に長距離を走り続けている選手たちの、目の前を駆け抜けていくスピードには大変驚かされました。つくづく自分からは縁遠いものと実感し、以降、走ることに背を向けて生きてきています。そもそも平らな道を走るという運動は、自分の意思次第でいつでも止まれてしまうし、途中で走るのを止めてしまうと、お腹の出た運動着姿のおじさんが、ただ汗だくで散歩しているだけになってしまいます。無様。
寄る年波に勝てず、健康上の様々な数値が黄色信号を発するようになってから、食事内容を気にしたり、サプリを飲んでみたりもしましたが、なかなか改善に繋がりません。やはり運動しないとダメか。とはいえ、ジョギングはすでに無様な結末が見えている。スポーツジムなど今さら恥ずかしい。そんな自分をどうにかしようと試行錯誤を繰り返すうち、山を登り下りすることにたどり着きました。
幸いにして、東京近郊には、奥多摩、秩父、鎌倉などなど、ほどよい低山がたくさんあります。いきなり標高3000メートルは無理でも、高尾山は小学生でも登るのだから、数々の人生のピンチを乗り越えてきた50過ぎのおじさんが、たかだか数百メートルの山を登れないわけがない。そして、一度登り始めれば、途中でタクシーを拾って帰ることもできない、自分を追い込む背水の陣。まさに現状を打破するにはこれしかないと、インドア派の自分としては思い切って始めた低山巡りですが、結論から言えば、今やすっかりライフスタイルに定着し、月に2,3回のペースで継続しています。
やってみて気付いたことはたくさんありましたが、一番は、日常生活での呼吸の浅さでしょうか。電車で自宅と会社を往復する日々の生活においては、常に目の前の狭い範囲に気を取られ、深く息を吸って吐く瞬間がほぼないように思います。同じ理由で、遠くの景色を見る、という動作もしていません。PCやスマホの画面、文庫本の文字など、目で追うものは、近くて小さい物ばかり。そして、陽の光を浴びる時間の短いこと。家から駅、駅から会社の徒歩区間、晴れた日の日没前限定なので、むしろレアな事象です。
そういう観点では、陽の光の下、緑の薫る空気を深々と吸い込み、高いところから遠くの景色を楽しむ登山というのは、非日常的で、リフレッシュ効果が高いものと言えるでしょう。
なにせ下山後、風呂上りに飲むビールが格別にうまい。
そんな時はきっと、いくら飲んでも食べても、カロリーゼロに違いない...。
