44.ある提言:出版社名の明示 田中 明(CARS監査役)
一般論として、フランスの新聞・雑誌の類いでは、その全体の活字量に比し、音楽関係の記事、とりわけ演奏や上演に関する批評記事がきわめて頻繁、かつ、詳細に扱われていますが、一昔前の1980年代後半頃、盛んに論じられた一つの問題意識がありました。そして、その波紋はスイス、オ-ストリア、オランダなどにまで拡がりをみせ、一定のル-ル形成に成果も見られました。一方、わが国においては現在に至っても未だ、その問題意識への発芽ほども感じられませんが、当時、私は様々な媒体への執筆の機会があるごとに、本題に関する問題喚起を試みましたが、誰からも顧みられることなく今日に至っていることは誠に残念な限りです。いま一度、この問題について触れておきたいと思います。
当時のフランスでの議論は以下のようなものでした: 例えば、ある作曲家に関する記事が執筆されると、自ずとそこには当該作曲家のいくつかの作品も含めて論述されることが多くあります。しかし、そこでは常に当然のごとく、出版社名を伴わずに作品名のみが記載されます。一方、これが文芸作品であった場合には、その作品の題号や出版社名の明示はほぼ例外なくなされます。そこで音楽作品の場合には、「なぜ出版社名が全く明示されないのか?」という問い掛けがフランスのジャ-ナリズムに向けて発せられたのですが、その答えは意外にもお粗末な内容であり、「大方それは音楽記事の編集者や執筆者が満足な専門知識も持たずに、しかも、その大半が、彼ら自身そこに記述された作品の楽譜すら所有していないためであろう」との結論でした。そして、それ以降、少なくとも著作権のある作品についての記事、論評等を執筆するに際し、もし、その作品名の後に出版社名を明示しないようなジャ-ナリストや音楽批評家がいれば、「彼らは出版社名すら知らない全くのド素人である」などの誹りを免れないこととなりました。
かくしてフランスの音楽報道関係者に対する不名誉なレッテルについての汚名挽回策の第一ステップは、当時フランスのレコ-ド業界で著作権のある音楽作品の録音に当たっては、必ずその楽譜の出版社名を明示することが実施されました。それは、著作者から譲渡された音楽著作物の利用開発に膨大な投資を行っている出版社にとっても大きな助けとなったばかりでなく、各種媒体を通じて当該作品の音や楽譜等の情報を求める愛好家、実演家等へのサ-ビスともなり、ひいては音楽財に対する付加価値を生むことにもなろうと推奨され、プロの音楽ジャ-ナリストの義務としてとらえ、論じられるに至りました。以降、CD等に挿入された解説書などには、そこで取り扱われている音楽作品の題号に加え、その出版社名も明示されることになりました。翻って、わが国の状況を見ると本稿冒頭に述べたとおりではありますが、「大した問題ではない・・・」などとうそぶいてはおれない重要な問題であり、“他山の石”とすべく、もう一度考えてみたらどうかと思う次第です。音楽会のプログラムにしても然り、明示すべき場所はジャ-ナリストの持ち場に関わるものだけではありません。
なお、蛇足ながら、本稿は「引用」(著法32条)に関する論述ではないことを念のため付言します。つまり、著作権法にいう「引用して利用する」場合には、「出所の明示」(著法48条)が義務付けられているからです。