[ブログ] 楽譜de散歩
2012.05.07 著作権について など

45.「検印」をめぐる今は昔の物語 田中 明(CARS監査役)

【執筆者】田中 明(CARS監査役)

『新版 著作権事典』(監修・文化庁内著作権法令研究会、編者・社団法人著作権情報センタ-、出版ニュ-ス社刊)の〔付録/Ⅲ〕には【日本近代著作権年表】が収載されており、わが国における著作権制度の黎明期から1998(平成10)年までの様子が興味深く概観できます。その「1954(昭和29)年」(p.569)を見ると、〔一般的事項〕欄には、「7/-・・・デフレの影響で出版社の倒産、整理が続出し、ぞっき本が大量に出回る」とあり、何やら不気味なまでに現在の状況と酷似しており、背筋が寒くなるのを覚えます。そして、隣りの〔著作権関連事項〕欄を見ると、「7/9・・・全音楽譜出版社は、平田義宗著『ピアノ教則本』を偽装の検印で発行し、著者から告訴される」との記録があります。実は、私はこの事件についてはすでに同事典の旧版時代から知っていましたが、自分の関係する出版社に係るものであったため、せめて在席期間中(1989.7~2012.3)は殊さらにそれを口外することは遠慮しましたが、逆に、身内だからこそ話題にもできること、そして、それは既に“今は昔”の類いの話であると同時に、事典に収載されていることを考え併せれば、これは秘密でもなんでもないため、ここに取りあげました。

さて、本件当事者の一人である平田義宗は1898(明治31)年11月19日、東京生まれのピアノ奏者であり、東京音楽学校(現・東京藝大)を中退後、ニュ-ヨ-クとベルリンに学び1925(大正14)年、帰国して新しいピアノ奏法を日本に紹介する傍ら、誰のどの作品かは不詳ながら、日本で最初にピアノ協奏曲を実演した人物との記録もあり、1969(昭和44)年2月4日死去。そして、件の教則本はというと、平田氏が翻訳し、1949(昭和24)年2月、もう一方の本件当事者である全音が出版したとされる『バイエル/新訳ピアノ教則本』(絶版)のことらしく、同楽譜に、現在は廃止されておりその姿はもう見ない「検印」と呼ばれる小さな紙片で出版物の奥付などの付近に貼られていたものを全音が偽造し、発行部数を偽り、その分の印税支払いを逃れたという事件です。しかし、事の顛末は資料が無いため、残念ながらこれ以上を知ることができませんでした。ただ、私にとって驚きを禁じ得なかったことは、皮肉にも、当時、著作権法に通じた法律家は未だ希有な時代であったにもかかわらず、全音は進んでその顧問弁護士であり後に最高裁判事も務めた城戸芳彦弁護士(1900~1973)の著作に係る『著作権法と著作権条約』を同年(1949年)に出版しているのです。すなわち、一方ではこの制度の大切さを認識して法律専門書すらも出版し、その一方では短絡的な利益を求めるため、制度に反する行為に走ってしまったのかなどと考えると、昭和初期とはいえ、未だ、わが国における著作権制度の定着にはほど遠い現実があり、アンバランスな状態であったことが見て取れます。云うまでもなく、仮令、前述のデフレ云々のような厳しい時代背景に直面していたにせよ、不法行為の誹りは免れず、わが先達たちは高い授業料を払わされたようです。

前掲『新版 著作権事典』で「検印」の項(p.88)を見ると、「(前略)出版関係での長い間の慣行となった検印制度は、偽版の防止対策に端を発し、このような海賊版(偽版)の続出に苦悩して「版権」(著作権)の保護を主唱した福沢諭吉(1834~1901年)が自著の「西洋旅案内」(1867刊)の各冊に「Copyright of 福沢氏」と押印した例による。著作者(著作権者)と出版者との間では、著作者の検印によって発行の証とし、検印数によって発行部数の確認を得たことから、出版者はこれによって印税計算の基礎とした。検印は、検印用紙に押印し、各冊に貼付するのが一般的となり、印紙税の収入印紙になぞらえて、印税と称されることとなった。(中略)近年では、発行者が印税計算に公正な責任を持つことになり、また検印の手間も容易でなく、実売部数による印税計算も普及していることから、検印はほとんど行われなくなっている」とあり、ご参考までにこれを引用し、ご案内しておきます。