[ブログ] 楽譜de散歩
2012.12.21 著作権について など

楽譜出版社の元気が音楽を元気にする! 野方 英樹(CARS幹事)

【執筆者】野方 英樹(CARS幹事)

はじめまして。2012年7月に就任しましたCARS幹事の野方と申します。寒い日が続いておりますね。

今日は一音楽ファンの立場で日頃感じていることを書いてみようと思います。

私は音楽が大好きで、流行の?”オヤジ”バンドを最近複数結成して時間を見つけては楽しく練習に励んでいます。担当はギターとコーラス、バンドによってはヴォーカルです。

もともと練習不足でテクニックも拙い私は、耳でコピーするより、どうしても楽譜に頼りたくなり、よくバンドスコアを購入します。

ですが、最近のこのバンドスコア、私にとってはちょっと困ったことがあります。

それは、バンドスコアなので当たり前のことですが、1ページにすべての歌のパートと楽器がギターからキーボード、ベース、ドラムスとそれぞれ五線譜やタブ譜で一段ずつ並び、その塊が1ページにさらに大きく2段になっていたりするので、文字や音符がとっても小さいんです。普通に目の前の譜面台に乗せたままでは読めません(もちろん私の年齢からくる目の衰えの問題が大きいわけですが)。

そして、1ページにはたいてい4小節、上下で多くて8小節くらいなので、曲の進行によってページがどんどん進みます(もちろんダ・カーポ(始めに戻る)、なんていうこともあります)。つまり、曲を最後まで弾くためには行ったり来たり何度もページをめくる必要があるわけです。ページの変わり目では必ずギターがお休みになっている、なんていうことはありませんので、結局見開きのページを弾き終わったら手を止めてめくるしかありません。本の形式は楽譜を見ながらの通し練習には向かないわけです。

一番いいのは、自分がギタリストなので、ギターのパートだけ、譜面台に開いておける3~4ページ分の長さの紙にバランス良くまとめて(できれば大きめの音符で)載っていてくれることです。

私の知る限り、ずっと昔、The BeatlesやLed Zeppelinの楽譜で、ちゃんとパート別にばらばらになるものが売られていたこともありました。

でも今、ロックやポップスの世界では目にしないですね。なぜなんでしょう。

私が楽譜業界の方に伺ったところでは、こうしたパート譜の形式は製作コストがとてもかかるのだそうです。
確かに画一的に作れる本の形式に比べると、それぞれページ数の異なる楽器ごとのパートをばらばらに作らなければならなかったり、紙の大きさが異なったりしていろいろ手がかかりそうです。

ただ思うのは、もし楽譜を出す出版社が今よりももっともっと元気だったら、私みたいなあまたある”オヤジ”バンドの熱い思いを汲んだ楽譜を出して、ブームをもっと盛り上げよう、そうすればもっと楽譜も売れる!という話になるのではないかな、ということです。

ところが今は、楽譜コピーが簡単にできてしまうこともあって、実際に使われているほど楽譜が売れておらず、楽譜出版社が元気を失くしています。

もちろん、楽譜コピーのせいだけではないとは思いますが、多少のコストをかけても、音楽を楽しむユーザーが欲しいものを届けて将来の市場に期待しよう、と思えるくらい楽譜出版社には元気であって欲しいですし、そうすれば音楽も元気になると思うんです。

バンドスコアもパート譜に分かれていれば、メンバー間でコピーする必要もなく、1セット買ってバンドで共有できるわけですから、少しくらい(いやもっと)価格が高くなっても許されて、ちゃんと購入してみんなで音楽を楽しむ世界がもっと広がるような気もします。

音楽をより多くの人の耳に届けるためには、たくさんのプロや音楽愛好家の方々の演奏やレコーディングに使われるように、楽譜がたくさん世に出ることは大事なことです。そして、そういう環境の中で、音楽を聴き、楽しみ、育む文化が今よりもっと生み出されていくのだと思います。

さらに言えば、著作権がまだ存続している曲であればJASRAC等を窓口として、楽譜を出版する際、楽譜出版社にお支払いいただく著作権の使用料が、著作者や音楽出版者(注:楽譜出版社ではありません。音楽のプロモーションを主な目的として著作者から著作権の譲渡を受け、その音楽がたくさん世の中で利用されることによって利益を挙げる会社のことです)に届くわけですから。

こんな風にみてみることで、楽譜出版社は、音楽を元気にしてくれる大事な役割を担っているのだということを感じていただけますでしょうか。

みなさまももし楽譜に接する機会がありましたら、こんな楽譜出版社の元気と音楽との関係について、考えてみていただけたら嬉しいです。