楽譜と動画共有サイト 野方 英樹(CARS幹事)
先日、3年半ぶりにライブハウスのステージに立ちました。メンバーそれぞれの知人にイメージ 1声をかけて集まっていただいた50人ほどの方々の前なので、実際のところはオヤジバンドの発表会のようなものですが。私のバンドは洋楽のヒット曲のコピーを主に演奏しましたが、11曲のうち5曲は国内で楽譜が発売されていたので大いに助かりました(耳コピーには時間がかかるので)。

ですが、他の曲は残念ながら見つからなかったので、仕事をしながらで時間が満足にとれなかった私は動画共有サイトでファンが弾き語りをしている映像を参考にしました。これはこれで、手軽に無料で見られるものとしてはある意味これまでにない役に立つコンテンツだと思います(CD音源も使わずJASRACが許諾している動画共有サイトでしたので適法な動画です)。
楽譜の場合は、五線譜、タブ譜、CDに録音された模範演奏、そしてDVDに録画された模範演奏とそれぞれあるもの、ないものとなっていますが、動画共有サイトでファンが自分で演奏しているところを写した映像は、指使いや解説などまであったりしてわかりやすく、よく出来ているものも少なくありません。同じファンであるだけにコメント等には共感できることも多々あり、見ていても楽しいものです(時には聴くに耐えないレベルのものもないわけではありませんが….)。かなり知名度の低い楽曲でも、複数の動画があることが少なくありません。
こうして短時間でイメージできる便利さは、動画共有サイトが登場するまでは無かったものですよね。ただ、こうした状況は、1音楽ファンから著作権を管理する立場に立ち返って見てみると、手放しで喜んでばかりもいられません。このお話を別な角度で見れば、楽譜がなくても必要なことができてしまう、ということでもあります。そうなったら大変です。
人間が音楽を書き留めはじめたのは古代ギリシャ時代からだそうです。その頃から、音楽を書き留め、同じ音楽を別な人、後世の人でも演奏できるようにしてきたのです。その意味では楽譜も音楽文化の大事な担い手です。おそらくこれからもずっとその役割は失われてはならないものなのだと思います。
ですが、今のまま、単に「楽譜はなくても動画共有サイトがあるから大丈夫」という発想にたってしまうと、楽譜ビジネスが立ち行かなくなり、世の中から楽譜が消えてしまうかもしれません。楽譜だってちゃんとプロとして作ってくれる人がいないと、いいものは残りません。
デジタルの世界のいいところは、手軽で今までできなかったことがいろいろできるようになって、そしてあまりお金がかからない、というところかと思います。既存のビジネスも大きな影響を受けています(ハガキや手紙がほとんどメールになってしまった、なんていうのが典型例でしょう)。この観点からは大なり小なり楽譜の世界も影響を受けることはやむを得ないと思います。しかしながら、デジタル楽器がどんなに発達しても、音楽には人間の手によって弾かれる楽器が必要と感じるように、楽器を演奏する、歌を歌う人が、音楽を正しく、いい形で、今、そして将来に伝え続けるための楽譜もまた必要なものであると感じます。
そのために、みなさまには楽譜の大切さをご理解いただくことをお願いしたい一方で、JASRACの職員である私は、楽譜と、動画共有サイトのような、それに代替してしまいかねない様々な新しい利用形態とを、どちらも否定すること無く、バランスをとって共存できる環境を作り出していくかに重い責任を担っていることを感じます。
ひとりでできることはわずかではありますが、組織として、また各方面の業界と連携して、少しでも明るい音楽の未来を作るべく、これからも考え、できることを実現していきたいと思います。