[ブログ] 楽譜de散歩
2014.05.30 音楽について

詩の朗読の難しさ 上 明子(CARS幹事/作曲家)

【執筆者】上 明子(CARS幹事/作曲家)

数日後に自作品コンサートを控えて、毎日詩の朗読の練習をしています。何故コンサートで詩の朗読?

今回のコンサートは長年続けて来ている在り方とは違ったスタイルのために、演奏者と一緒に私自身も詩の朗読をすることになりました。

前回のCARSメンバーだよりにも登場いたしました、やなせたかし先生への感謝のコンサート、「やなせたかし先生ありがとう」を、先生が亡くなられてすぐに開催を決めました。

先生との作品は新曲を含めて19曲。演奏だけでなく、詩人やなせたかしをもっともっとご紹介したくて、山ほどある詩の中から選びに選んで10数編。

私が朗読する詩の中に、今回新しく書いた曲の詩があります。今年の3月に書き上げた曲のため、ついこの前って感じな訳です。その詩を読む時に、どうしても曲が流れて来てしまって、何とも読み難いのです。普通に読めないのです。その朗読の後に、曲になっての演奏を聴いていただくために、出来るだけ真っ新な感じでお伝えしたいのですが、これが私にとってはかなり至難の業ってところです。

歌曲を書く時に、当然詩を読み込む作業をします。もしかしたら五線紙に向かっている時間よりも、原稿用紙と向き合っている時間の方が遥かに長いのが現実なのかもしれません。その時の姿はとてもお見せ出来るようなものではありませんが、声に出して、それもいろいろな声を出して、その言葉のリズムを見つけたり、言葉の高低差を確認したり、その言葉の裏には何があるかな?って想像したり。

そんな作業をしつくして曲を書いてしまった詩を、真っ新な気持ちで朗読をするなんて、正直無理なんだろうなあ・・・と今、実感しています。

でも、演奏者が真っ新な気持ちで新曲をお披露目してくださる気持ちを大切にしたいのと、私自身が曲がつく前の詩はこんな風だったんですよ!・・・と、何とか自然体で詩を朗読出来るように、あと少しの時間を頑張ってみるつもりです。