楽譜の価値 江見 浩一(CARS幹事)
昨年11月、グスタフ・マーラーが書いた交響曲2番「復活」の自筆譜が競売にかけられ、楽譜としては史上最高額、455万ポンド(6億円超)で落札されたというニュースがありました。232ページにも及ぶ譜面には消去や書き換えの跡が残っていて、作曲の過程が伝わってくるものであるようです。
マーラーといえば、19世紀後半から20世紀初頭に主にウィーンで活躍した指揮者であり、作曲家です。交響曲の大家と言われ、ベートーベン以降の時代には珍しく10曲もの交響曲を残しました。でも、初級者のクラシック音楽ファンである私にとっては、マーラーの交響曲は、少しとっつきにくい面があります。
混沌スレスレの長大な楽曲を大編成のオーケストラと声楽の組み合わせで演奏するものが多く、通勤時間や日常のちょっとした暇な時間にBGMとして楽しむ、などという聴き方は決して許されないところがあります。
指揮者としてのマーラーは、完璧主義者で、演奏者に対して、事細かに指示をする神経質なタイプであったようです。その指示の細かさに、演奏者から煙たがられることもあったとか。この性格は、マーラーの書いた交響曲の楽譜にも、しっかり表れていて、演奏に対する細かい指示や考え方がドイツ語でかなりの分量、書かれているようです。
フォルテやピアノといった演奏記号とは別に、演奏のイメージを伝えるため、「きわめて荘厳にしかし簡潔に」とか「徐々に音にかたちを与えて」などと書かれているものもあります。随分と難しく、哲学的な気分にもなってくるようなメッセージです。また、指示の範囲は演奏者の身体的な動きまで及んでいて、「管楽器の朝顔(開口部)を高くして!」とか「トランペット3本は立ち上がること」など視覚的な演出ともとれる指示もあります。このような楽譜への指示の書き込みや楽譜の修正作業は、楽曲の初演後も続いていて、次々と楽譜が改訂されていたようです。
このように改訂を繰り返した作家の楽譜を出版物として後世に残していくのは大変な作業です。幾つもの改訂版や校訂版が出されて、原典が分からなくなってしまう作品もあります。しかし、マーラー本人が意図した演奏を後世の演奏家が行うためには、正確な楽譜の存在が不可欠です。そのためには、自筆譜のみならず、版も含めた楽譜の管理と保存が重要になります。
このように、楽譜を継承していくことが音楽文化に貢献している点にも、もっと価値が認められるようになるといいなと思います。