[ブログ] 楽譜de散歩
2017.05.26 音楽と社会

再度、言葉(文字)と音楽の関係 上 明子(CARS幹事/作曲家)

【執筆者】上 明子(CARS幹事/作曲家)

以前の CARSブログに、同じタイトルで書かせていただいたことがありました。今年の2月に自作品コンサートを開き、声楽曲を中心に、ハーモニカとピアノのための作品も演奏いたしました。聴きに来てくださった方の何人かに、詩のない器楽曲がとっても雄弁に聴こえたと言う感想をいただいて、私にとっては何よりの嬉しい言葉と受け止めることが出来、器楽曲を書く姿勢は間違っていないな・・とちょっと自信を持とうとその時に思いました。しばらくはハーモニカ作品を書くことをライフワークにしたいと思っているところでしたので、とっても励みになる言葉でもあったわけです。


次へのテーマを「日常の情景」とか、「日常の風景」とかをテーマに、毎日の人の生活、人としての思いを音にしたいなと思った時、私に詩は書けないけど、ある程度文章に表してしまうのも有りかなと。今までも曲を書くきっかけは言葉でしたので、文字のメモは山ほどになるのです。文字の羅列から音にしてきたような。今回ももちろん型にはめようとは思わないのですが、日常の色々を文字にしながらの作業を始めたのです。毎日のこと、季節のこと、植物のこと、人とのつながりなどなど。

そこでふと思ったことがありました。「言葉と音楽」とは関係ないのですが、毎日の気温差の激しさ、日本の自慢の四季の変化が狂ってきているのかな? 今年の桜の咲き方もおかしかったし。それは地球温暖化が原因!と、ニュースで耳にしたような。地球温暖化って、人間のなせる技では? み~んな人間が今の状態を作ってしまったんですよ!これって自業自得というのでは?

そして思うこと。楽譜コピーされるようになったのだって、人間のなせる技ではないですか!と。立派なコピー機が出来上がってしまったこと、簡単に音楽が出来てしまうコンピューターなどという代物が出来上がってしまったこと。優秀な人間のおかげで、本来の長閑な人間の生活が脅かされている毎日を、どう受け止めたらいいのかなあ・・・と思う時、日常をテーマに長閑な音を書きたいと夢見ていた長閑人間の私としては、またまた頭の整理がつきにくい状態になってしまいました。

でも、当初思い描きたいと思った普通の「日常の風景」、あるいは普通の「日常の情景」の音を追求していく方向への思考の転換を努力したいと思っているところです。
でも、普通って何でしょうね? またまた宿題ですね!