楽譜は演奏されるのを待ち望んでいるのです! 上 明子(CARS幹事/作曲家)
前回のブログの執筆者でいらっしゃる末吉保雄先生の記事を読ませていただいて、何故だかとっても嬉しくなって、私は間違っていなかったと再認識させていただいたように思っています。
そう、楽譜って演奏されるためにあるんです。そして楽譜って、作曲家が一生懸命に考えて、想像して、魂を込めて、音が出てくるのをひたすら待ちながら、ある時ふと音が出てきてくれたその音達を喜んで迎えて五線譜に書き、一つの曲が出来上がっていくのです。その楽譜を演奏しないなんて、私も考えられないと、先生の記事を読みながら思いました。
作曲家にとって、常に書き続けることが次への一歩に進めるのではと、私はひたすら信じて今も書き続けています。そしてそのためには演奏してもらわねば・・・と。そのために毎年、その場を設けてそれに向かっていくのが、私の一歩一歩かもしれません。自分自身で少しでも良い作品が書けているのでは?と思えるところまで進むために。そんな風に進んで行っても、音楽に終わりはないみたいです。そう思えるから進んで行かれているのかもしれません。
どんな思いで、どんな風な音で、何を伝えたいのか・・など、いろいろ考えている時が面白いのかもしれません。ですから音が書かれ、楽譜になった暁に、演奏されないなんて考えられないのです。
先日、複音ハーモニカ協会の研修会でお話しさせていただきました。「ふるさと」をテーマに、3パターンのハーモニカ二重奏と、それに合わせて3種類のピアノパートをオリジナル編曲して、それを教材としたのです。
ハーモニカは数字譜が基本です。でも、あえて五線譜も一緒に並べてのスコアを作って、それで演奏しながらいろいろなお話しをしました。そこでも楽譜についての作曲家、あるいは編曲者の思いなども伝えたのです。「ふるさと」の演奏は一つではない。人の数だけ思いがあって当然だし、そのようなことを思いながら演奏しようと思ったら、音を出す前に、まずどう表現しようとしているのかを考えなくてはね・・・と。ですから、安易に音を出さないで・・・と。
結局、演奏者も作曲者も編曲者も、皆同じなんですよね。どういう風に音楽を作っていきたいのかを考えるということに関しては・・・。
遠回りした書き方になってしまいましたが、そのくらい試行錯誤されて創られた作品=楽譜は、絶対に演奏されなければいけないし、演奏されるのを楽譜は待っているのです。っていうか、積極的に演奏の機会を作って、作品を作っていきたいと心から思っている私は、どうやら本当に作曲が好きみたい!私が曲を書いても世の中ちっとも変わらないのに・・・!!!
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