[ブログ] 楽譜de散歩
2018.07.27 著作者や作品などの紹介

海  江見 浩一(CARS幹事)

【執筆者】江見 浩一(CARS幹事)

今年は、ドビュッシーの没後100年目にあたります。ドビュッシーといえば、フランスを代表する作曲家で、「亜麻色の髪の乙女」「月の光」「子供の領分」などの作品で知られ、特にピアノ曲が有名です。ドビュッシーの曲は、自由な形式で色彩豊かに表現されているものが多く、白い平皿にカラフルなビー玉を幾つも転がしているような印象を受けることがあります。

7月にドビュッシーの音楽を聴くなら、交響詩「海」でしょう。この曲では、オーケストラの各楽器を駆使して、海の持っている様々な表情を表現されています。例えば、晴天の下で穏やかに光る海、新月の暗闇の中でうごめく海、嵐に包まれて沸き立つ海などが映像として浮かび上がるような曲です。この曲を聴いていると、洋上を揺られる船の上で、波に身を委ねているような気分になってきます。ドビュッシーは、もともと海への思い入れが強く、作曲家にならなければ船乗りになったと語ったほど海を愛していたようです。そんなドビュッシーならではの視点で描かれた音楽は、単に海の情景を描写した標題音楽というにとどまらず、本人が後に「音楽とは、色彩と時間にリズムを与えたもの」と語ったように、音楽の本質に触れたものと思えます。

1905年に初版が発行された、この交響詩「海」の楽譜の表紙には、本人の希望によって、葛飾北斎の「富獄三十六景」のうち「神奈川沖浪裏」の一部分が印刷されています。浮世絵の代表作である「神奈川沖浪裏」については、多くの人が一度は目にしたことがあると思いますが、沖合から遠くに見える小さな富士山が、大きくせりあがる波に飲み込まれるような構図で描かれています。この絵のうち,大きな波の部分だけが切り取られる形で表紙に転用されているのです。ドビュッシーの書斎には、「神奈川沖浪裏」が飾られていたようですから、彼がこの絵を気に入っていたことは間違いありません。このため、交響詩「海」には、この絵を下敷きにして作曲されたのではないか、波の部分だけを切り取ったのは本人が海よりも波を描きたかったからではないかなど、楽曲と表紙の絵の関係について、現代に至っても様々な議論が続いています。

最近は、楽譜がデジタルデータとして流通することが増えていると思います。もちろん便利ですし、効率的に楽譜を利用しようとすれば、当然の傾向だとは思います。でも、印刷物の表紙が、100年後越しの議論を呼ぶこともある。楽譜のもつ可能性をまた一つ発見した気がしました。