[ブログ] 楽譜de散歩
2019.11.01 私の音楽遍歴

童謡集『 とりになった ひ 』出版から…波紋のように。 織江 りょう(CARS幹事/作詞家)

【執筆者】織江 りょう(CARS幹事/作詞家)

昨年11月、童謡集『とりになった ひ』(てらいんく刊)を出版した。私にとっては4冊目の童謡集であったが、幸運にも今年、第49回「日本童謡賞」(日本童謡協会主催)と第5回「児童ペン賞・詩集賞」(日本児童ペンクラブ主催)の2つの賞をいただいた。特に、「児童ペン賞・詩集賞」は、過去連続して少年詩の詩集が受賞してきたので、童謡詩の受賞は今回が初めてであり、童謡詩を純粋に詩の側面から評価してくれたことに一入の喜びを感じた。

童謡詩という詩のジャンルに出会って、40年近くが経つ。薦められて夢中で読んだ『日本童謡集』(与田凖一編・岩波文庫)で、北原 白秋、西條 八十、野口 雨情をはじめ多くの童謡詩人の存在を知った。1918年7月1日、鈴木 三重吉によって雑誌「赤い鳥」が創刊され、童謡の歴史が始まったこと。童謡が唱歌に対するアンチテーゼとして生まれたという成立起源を知ったこと。大人の詩を書くことに出口を見出すことのできなかった私に、それは何もかもが新鮮に映る新しい表現世界だった。児童文学雑誌への投稿を始めたのもそれから数年後のことだった。音のない純粋な詩としての投稿だった。

自身の詩歴の中で、いつの頃からか音の世界と結びつくようになる。純粋に詩として書き続けてきた作品は、何か別の色が加わったことで表現が立体化したように思えた。その反面、作曲家との協同作業は個人的な詩作とは少し異なった不自由さと戸惑いも感じた。言葉のアクセントや字数など、それまであまり気にすることなく書いてきた表現を、新たに見直す機会ともなった。音を意識しながら、それに引きずられることなく童謡詩としても独立している、そんな詩を模索しながら書いてきたように思う。童謡詩が文学の一ジャンルであるために、やはり読者(小さな人たち)には「歌われる童謡」と同時に「読まれる童謡」が必要なのではないかと、原点に返って考えはじめていた。

童謡集『とりになった ひ』の中にある一つひとつの作品に、音という色が付き「読まれる童謡」から今度は「歌われる童謡」として、楽譜とともに様々なステージへ再び波紋のように広がっていってほしいと望んでいる。「コンパス」「カラス」「ほたる」「いんりょく」「かぜのこと ふうりん」は上 明子先生、「えくぼの まりちゃん」は湯山 昭先生、「れんげ畑」は早川 史郎先生、「かかとくんの せのび」は神坂 真理子先生、「ちょうちょ」は栗原 正義先生がそれぞれ曲を付けてくださり、その著作権はJASRACに管理していただいている。

今回の「児童ペン賞・詩集賞」は、読む童謡詩としての評価をいただいたことに大きな喜びを感じるとともに、制作に携わっていただいた関係者のみなさんに深く感謝する次第である。

一般社団法人日本童謡協会のホームページ https://douyou.jp/