[ブログ] 楽譜de散歩
2023.03.01 音楽以外の芸術

「童謡、絵本」の講義を通して・・・。  織江 りょう(CARS幹事/作詞家)

【執筆者】織江 りょう(CARS幹事/作詞家)

 昨年、ご縁があって某短大から講義のお誘いを受けた。時代に即した新しい人材の育成を目指し、幅広い視点から学びを提供したいという意向であった。新たな分野として映像、放送、マスコミ、演劇、文学などがあげられていたが、「絵本の世界」を取り入れた授業をお願いしたいとの要請だった。

 自分は童謡詩をずっと書いてきたので、童謡という分野については語る資格があると思いつつ、絵本については若干の不安があったものの、永年児童文学の世界にいたお蔭で、多くの絵本作家の友人にも恵まれていたので、お引き受けすることにした。「絵本と童謡の世界」という科目名が決まり、全15回の講義の内容を検討した。

 自分の専門が童謡詩を書くことなので、当然童謡を中心に講義の内容を組み立てた。童謡の成り立ちの歴史から時代とともに活躍した童謡詩人たちの作品を丁寧に時間をかけて学生たちと一緒に学んだ。学んだというより、ぼくとしては彼らと一緒に学ばせていただいたという方がふさわしいかもしれない。それは、童謡というメディアが、今の時代の若者たちにどのように映り、どのように捉えられているかを知ることのできる貴重な時間でもあったからだ。

 今に残る童謡の多くの名作は、大正期に創刊された児童文学総合雑誌『赤い鳥』を中心媒体として展開した童謡運動の中から生まれた。

 童謡は、国家教育のための編纂された唱歌に対するアンチテーゼとして提唱され、当時の第一線で活躍していた詩人・画家・音楽家たちによる児童への純粋なる芸術作品として創作された。その中心的役割を果たしたのが北原白秋、野口雨情、西條八十の大正期を代表する三人の童謡詩人だった。その名前を知らなくても、彼らの残した作品は、若い学生たちの心の奥深くに、どこか懐かしい記憶のように大事にしまわれていたと思う。

 「懐かしく感じた」「この歌はよく知っていて馴染みのある歌だった」「どの曲も小さい頃に実際に歌っていたけれど、誰が作ったかはまったく知らなかった」など、様々な声を聞かせてくれた。

 北原白秋からは「赤い鳥小鳥」「ゆりかごの歌」「からたちの花」「あわて床屋」「あめふり」「あめんぼの歌」「待ちぼうけ」「この道」など多くの感想が集まった。

白秋童謡館(筆者撮影)

 野口雨情では「シャボン玉」の人気が最も高く、「美しさと消えて無くなることへのかなしさが混じり合って、作者の命に対する思いを言葉の中から感じた」といった感想を寄せてくれた。子どもの頃には感じなかった何気ない歌の中に、大人になって気づく深い意味を見つけたのだろう。「十五夜お月さん」「四丁目の犬」「兎のダンス」「青い目の人形」が人気だった。

 西條八十の作品では圧倒的に「肩たたき」が多く、「なつかしい」「リズムがいい」「トントンというオノマトペが心地いい」「お母さんと子どもの情景をビジュアルとして描きやすかった」という様々な感想が寄せられた。その他には、課題例として提示した「怪我」という作品についてのリアリティある感想もあった。

 講義では、金子みすゞをはじめ、新美南吉や宮沢賢治など、記念館の写真などを映しながら一つ一つの詩や散文を読み進めた。学生にとっては、「童謡」という言葉に出会ったことは初めての経験であっただろうし、ましてその作品を書いた詩人たちのことはほとんど未知との遭遇であり新鮮な驚きであったに違いない。

金子みすゞ記念館(筆者撮影)

新見南吉記念館(筆者撮影)

宮沢賢治記念館(筆者撮影)

 実作の中で、「言葉のデッサン」から始め、最終一人一編の「童謡作品」を完成させた。それを簡単な冊子にまとめた。まだまだ、足りないところは多いが、オリジナル作品を創作したことは素敵なことだと思う。

 童謡は、三世代が共有することのできる素晴らしい共通言語だとぼくは思う。子どもの頃に出会い、大人になっては子どもに伝え、年を経てからは懐かしむ世界がそこにはある。子どもと老人が、時を経て同じ歌を一緒に歌えるなんて、素敵だと思いませんか。

 絵本は、「世界の名作絵本」、「日本の名作絵本」をグループディスカッションの形式で主題やテーマについて、シリーズで検証した。絵本の世界は、成長するとともに、子どもの頃に感じていたものと違っていくようで、学生たちの目には新鮮に映ったようだ。

 いつか、大学で童謡や絵本の時間があったなと思い出してくれたら倖せに思う。

一般社団法人日本童謡協会