「音楽のある展覧会」(作曲家の手稿譜や肖像画や楽譜出版物等) 島 茂雄(CARS幹事/日本楽譜出版協会理事)
私がクラシック音楽に興味を持ち始めた中学生のころ、美術の先生から東京・銀座のソニービルと東京セントラル美術館で「ベートーヴェン」展を開催しているというので、学生割引鑑賞券をもらって、展覧会に行きました。ベートーヴェンの肖像画や実際に作曲に使用したピアノ、補聴器、自筆の楽譜、初版本の楽譜などが展示されていました。この年の3年後は、1970年でベートーヴェン生誕200年に当たるということで、大阪フェスティヴァル協会が主催して、東京と大阪で開催されたようです。初めて、ベートーヴェンが作曲のために使用していたピアノや自筆楽譜を見て、ベートーヴェンが登場してきそうな迫力がありました。自筆楽譜では、何度も書き直した跡があり、その人の性格や音楽への情熱が伝わってくるのを覚え感動したのを今でも覚えています。展示されていた自筆楽譜で有名な交響曲第5番の冒頭の部分の力込めたペンで書かれた音符が音楽となって伝わってきました。また、ベートーヴェンの肖像画を年代ごとにいくつか見ていくと表情がだんだん険しくなっていき、威厳のあるような人物に感じられました。不滅な恋人への手紙やハイリゲンシュタットの遺書や関連絵画などたくさんの貴重な遺品・作品などが展示されているのを見た感動は、今でも忘れません。
その後、1970年に大阪で万国博覧会が開催され、万国博覧会記念公演として、「EXPO’70 CLASSICS」公演シリーズと銘打ち外国の有名なオーケストラやオペラ・ハウス等が次々と来日し、一年中開催していました。大阪公演のみならず、東京でも公演されていて、ボド&プレートル指揮パリ管弦楽団、カラヤン指揮ベルリン・フィル、バーンスタイン指揮ニューヨーク・フィル、セル&ブーレーズ指揮クリーヴランド管弦楽団、ヤンソンス指揮レニングラード・フィルやベルリン・ドイツ・オペラなど颯爽たる著名演奏家が来日公演を行っていました。ベートーヴェン生誕200年記念ということもあり、ベートーヴェンの名曲が外国のオーケストラで体験できる一年となりました。私は、当時は、高校2年生であったので、セルジュ・ボド指揮のパリ管とカラヤン指揮のベルリン・フィルとバースタイン指揮のニューヨーク・フィルを聴いた記憶があります。個々の感想は、次の機会に話すとして、初めて外国のオーケストラの迫力や精緻さ、美しさに感動したのを今でも記憶しています。
来年、2020年は、ベートーヴェン生誕250年記念ということもあり、東京オリンピック・パラリンピック2020が開催されることからオリンピック委員会共催でベートーヴェンの第九交響曲がベルリン・フィルの演奏で1万人コンサートとして開催されるそうです。スポーツの祭典へのインビテーションとして、全国を聖火リレーが回ることをきっかけとして音楽文化の祭典が各地で開催されるようです。
さらに、2025年には、大阪万博2025が開催されます。再び、「EXPO’CLASSICS」が開催され世界中のオーケストラやオペラ・ハウス、著名な演奏家が来日公演を行ってもらいたいものです。もちろん、クラシックだけではなく、ジャズやロックなどの著名音楽家やミュージカル人や演劇人や舞台俳優等のアーティスト等を多くの若い人たちに“生の舞台”で多く体験してほしいです。また、音楽以外にも美術や他の文化の祭典も開催して、万国博覧会での文化の祭典が企画されることを切望します。
さて、話は、戻りますが、その後、作曲家の展覧会として有名になったのは、1983年クラシック専用のコンサートホール、「サントリー・ホール」の着工を記念して、サントリー音楽財団(現・サントリー芸術財団)が音楽文化展を開催しました。第一回展は「素顔のベートーヴェン」。ウィーン楽友協会秘蔵の品々、および故・児島新氏の所蔵品の数々を展示されていました。中学生の時に見た自筆の楽譜や初版楽譜出版物など多く展示されていました。学生時代によく使用した五線紙帳の表紙の絵で有名なシュティラー作のベートーヴェン肖像画ではなく、ウィーン楽友協会所蔵のメーラー作の肖像画は、第九を作曲していたころといわれる45歳当時のベートーヴェン像といわれ、迫力と威厳のある肖像画に出会えました。また、「第九の自筆スケッチ譜」などが展示されていました。
1984年には、音楽文化展’84「シューベルト」が開催され、ウィーンに生まれ、育ち、逝った作曲家、「歌曲の王」ともいえる巨匠、シューベルト。そのシューベルト自身も理事を勤めていたウィーン楽友協会の協力で、自筆譜、手紙、肖像画など、貴重な資料が展示されていました。自筆譜の中では、「冬の旅」は、ロマンチックなほど流麗に書かれていて、美しい歌曲のメロディーが浮かんでくるような音符の飛び跳ね方がファンタジックな筆跡をしています。「未完成」の冒頭は、チェロとコントラバスの冒頭の付点二部音符が大きくかかれており、重厚な出だしを表現しているようです。「シューベルトの夕べ」の絵画は、シューベルトがピアノを弾きながら囲む貴族等による家庭音楽会の様子が描かれた絵画は、とても有名な絵ですが、シューベルトの人柄や彼を囲む時代環境を表した絵画は、特筆すべき一枚です。
1985年には、音楽文化展’85「バッハ生誕300年」が開催されました。バッハ生誕300年を記念して、バッハのメッカとも言えるライプツィヒ、バッハ復活の契機を生んだベルリンなどドイツ各地から、本来国外持ち出しが禁じられている自筆譜をはじめ、国宝級の貴重な諸資料が展示されていました。バッハにまつわる現地の写真、絵画、小物類等が展示されて、中でも自筆譜は、「ブランデンブルク協奏曲第5番」や「平均律クラヴィーア曲第1番」等は、バッハらしく楽譜筆跡が太くて、緻密でしっかりした正確な表現で書かれています。肖像画は、かつらの被った絵画が有名ですが、顔の表情からも厳格な音楽の父の雰囲気が表れている気がします。
1987年には、音楽文化展’87「アマデウス-モーツァルトとサリエーリ」が開催されました。世界の音楽ファンに強い衝撃を与えた大ヒットした映画・演劇の「アマデウス」。ウィーン楽友協会とザルツブルク国際モーツァルテウム財団からの豊富な資料により、より真実に近いモーツァルト像やサリエーリ像が展示されていました。ウィーン楽友協会所蔵のモーツァルトの肖像画は、映画「アマデウス」のモーツァルトに少し似ていました。映画「アマデウス」の影響で、当時のモーツァルト像が一変したようでした。展示された自筆譜の中で、交響曲40番やピアノ協奏曲等、天才肌を思わせるような思い浮かぶままに、モーツァルトがサラサラと書いたような筆跡に、感じられました。
1988年には、音楽文化展’88「ショパン」。ロマン主義の時代に最も個性的なピアノ芸術を展開した、ピアノの詩人・ショパン。ポーランド・フレデリック・ショパン協会ワルシャワの全面的協力により、自筆の楽譜や手紙など、数々の貴重資料が展示されていました。繊細な感覚の持ち主であることが、「ワルツ変イ長調」や「即興曲変イ長調」等の自筆譜の繊細なペンの筆跡から音楽が蘇る気がします。
1989年には、音楽文化展’89「マーラー」が開催され、ウィーン楽友協会の協力で、マーラー自筆の楽譜や手紙などの遺品をはじめ、マーラーと親交があった画家クリムトやココシュカの作品等が展示されていました。マーラーの音楽と同様に19世紀から20世紀初頭にかけての世紀末時代の芸術的雰囲気を感じさせてくれます。彼の自筆楽譜「大地の歌」からも繊細さや耽美的な音楽や近現代的なオーケストレーションのダイナミックスな音楽表現が自筆楽譜の表記の中から感じさせてくれます。
1990年には、音楽文化展’90「チャイコフスキー生誕150年」ロシアが生んだ大作曲家チャイコフスキーの自筆譜や作曲手帳、実際に使われた指揮棒など、ソ連の国境を初めて越える貴重な資料や写真で、この時代くらいからは、写真が多く残されていて、チャイコフスキーの生涯が生き生きと再現されていた展覧会でした。自筆譜は、バレエ組曲「くるみ割り人形」の冒頭や「白鳥の湖」、交響曲第6番「悲愴」の冒頭の楽譜は、繊細な筆跡で精緻に書かれていて、彼の繊細さや美しさへの耽美感とダイナミックさが表現されているように思われます。チャイコフスキーとフォン・メック夫人との書簡は、お互い敬愛している様子が伺える内容のようでした。
1991年には、再度、音楽文化展’91「モーツァルト 没後200年記念」。モーツァルトの没後200年を記念して、ウィーン楽友協会、ザルツブルク国際モーツァルテウム財団が所蔵する貴重な資料が時代ごとに展示され、天才の生涯の軌跡を感じ取ることができました。モーツァルトの肖像画や自筆楽譜や楽譜出版物等、前回よりも多く展示されていました。当時の楽器を復元した楽器でも演奏も行っていました。音楽からも感じられるように、「アントレッター・セレナーデ」「ピアノ協奏曲」「フィガロの結婚」等、繊細な筆跡できれいに書かれていて、書き直しが少なく、天才肌なのかなと感じさせられました。
1992年には、音楽文化展’92「ワーグナー」。ワーグナーの肉筆による楽譜や手紙、肖像画、カリカチュア、写真、身の回りの品々など、バイロイト・リヒャルト・ワーグナー博物館よりオリジナル資料の数々が展示されていました。ドイツ国外では初の規模と内容の展覧会だったそうです。ワーグナーの自筆楽譜では、歌劇「タンホイザー」序曲、楽劇「ニュルンベルクのマイスタージンガー」前奏曲の冒頭、楽劇「トリスタンとイゾルデ」、楽劇「神々黄昏」等のスケッチ楽譜や総譜が多く、あの壮大な楽劇も一つ一つのモティーフから誕生して、緻密に練り上げていきながら天才的な壮大な音楽劇のオーケストレーションに表現発展していることを感じさせてくれました。多くの自筆楽譜の写譜を後に、ベルリン・フィルの初代指揮者ハンス・フォン・ビュローが担当していたのは、有名な話です。
1995年には、ベートーヴェン生誕225周年、音楽界デビュー200周年記念の年にBunkamuraと読売新聞社の主催で、「不滅の楽聖 大ベートーヴェン展」が開催されました。ベートーヴェン・ハウス協会などの協力で、ベートーヴェン・ハウス所蔵の品々をドイツ国外で初めて本格的に公開されました。ベートーヴェンの活躍した時代ごとに展示されていて、愛用の楽器や遺品は、ベートーヴェンの激動する生涯を浮き彫りになっていました。「英雄」や「第九」の自筆楽譜を見てもベートーヴェンの情熱的な筆跡が音符を躍動させているように感じられます。その自筆譜を当時の楽譜出版社の編集者がきれいに楽譜を浄書し、編集校閲して初版本として出版されているのを見ると編集者の苦労が垣間見られました。
毎回、作曲家の展覧会を見るたびに作曲家の自筆譜と初版楽譜を見て、日頃、音楽鑑賞しながら最新版の楽譜(総譜・スコア)を見ている者にとって、音楽を深く感じさせてくれた展覧会でした。
その後、私は、音楽出版の仕事をするようになり、楽譜出版の仕事や、音楽関係の写真や絵画等の画像をディレクションする仕事にもかかわるようになりました。音楽書籍や音楽教科書等に音楽関係の写真や画像を提供するために、ウィーン・フィルの当時のコンサート・マスターのR.キュッヒル教授の真知子夫人の紹介で、ウィーン楽友協会のアルヒーフ室長であるオットー・ビーバ教授に、作曲家の自筆譜や肖像画の画像の提供や掲載許諾をお願いすることになりました。当時のサントリー音楽文化展の色々な作曲家のカラー図録が大変参考になりました。その後、オットー・ビーバ教授がウィーン・フィルと来日された折りに、面談して、お礼を申し上げました。とても気さくな人で、当然ですが、ウィーンの大作曲家に対してとても造詣が深く、来日するたびに色々な講演会などもされていました。
昨年、2019年、日本とオーストリア友好150周年記念で「音楽のある展覧会」ウィーン楽友協会アルヒーフ展「19世紀末のウィーンとニッポン」が開催されました。ブラームスの肖像画や自筆スコア、J.シュトラウスの初版本楽譜、ブルックナーの肖像画や交響曲8番の自筆楽譜や初版本スコア、リストの肖像画や自筆楽譜、ワーグナーの肖像画や自筆書き込み、ワーグナー・コンサートのプログラム、R.シュトラウスの自筆譜、日本の「小学唱歌集」、ライプツィヒ版の「日本の楽譜」等、珍しいのでは、「ウィーンに六段の調べ(ブラームスと戸田伯爵極子夫人)」の絵画で、ブラームスが戸田伯爵極子夫人が筝で演奏するのを鑑賞しているようすが描かれていました。ベーゼンドルファーのピアノを明治天皇に贈呈したことで、明治天皇と皇后の御影(リトグラフ)等もありました。日本とオーストリアの交流が150年前から続いているようすが伺えました。今回もオットー・ビーバ教授(ウィーン楽友協会アルヒーフ室長)のギャラリー・トークがあり、「150年前のウィーン 生活の中の音楽」の講演がありました。当時のウィーンでは、生の音楽が街角にあふれていて、今日のような生活の中に音楽がある風景が始まっていたそうです。講演後、オットー・ビーバ教授と再会をしました。ビーバ教授が日本語版で発行した「ウィーン楽友協会200年の輝き」の本も出版されていることをここでご紹介いたします。今回、展示された画像や写真がカラーで紹介されています。ウィーン・フィルによるギャラリー・コンサートもあり「音楽のある展覧会」でした。最近は、作曲家の展覧会があまり開催されなくなりましたが、久しぶりに展覧会を見たことで、作曲家の音楽的な感性や生活感や社会的環境がにじみ出ていて、作曲家の音楽への創造力や表現力を感じ取ることで、聴く側の鑑賞力を高めてくれます。
最近は、作曲家の関連の博物館や著名な美術館、財団、協会、などのホームページで、閲覧ができるサイトも増えてきました。一度、検索して見てください。
音楽を聴きながら楽譜を見ていると演奏する楽器のメロディーやリズムやハーモニーのバランスが視覚的に認識できて、音楽構造だけでなく、作曲家のファンタジーや音楽的創造性に触れ、近づくことができるような気がします。楽譜は、作曲家が音楽的に創作した台本(楽譜)を出版社が演奏しやすいように編集し制作したのが楽譜出版物ではありますが、その楽譜に演奏家の演奏能力と音楽的なファンタジー等を能えて演奏してくれます。それを聴きながら楽譜スコア見ながらCDなどで音楽鑑賞すると作曲家と演奏家の間の芳醇な表現力に富んだファンタジーを感じ取れると思います。ぜひ見聞されることをお勧めします。
2020.2.21
一般社団法人日本楽譜出版協会のホームページ http://www.j-gakufu.com/