Withコロナ禍、奇跡のウィーン・フィル2020年日本公演 ~困難の中でこそ音楽の力を伝えたい~① 島 茂雄(CARS幹事/日本楽譜出版協会理事)
【執筆者】島 茂雄(一般社団法人日本楽譜出版協会・理事・事務局長・著作権委員会名誉委員・前制作委員会委員長/CARS幹事)
昨年の2月ごろより新型コロナウイルス感染症の拡大が始まり、すでに、1年半が過ぎました。ワクチン接種が始まったとはいえ、変異株の脅威により感染数が五度目の増加をしています。残念ながらWithコロナの生活が通常になってきました。ワクチン接種が60%以上普及した国は、マスクなしの生活を取り戻しているようですが、変異株の脅威は、増えつつあるようです。
その中にあって、昨年から音楽界は、コロナ禍のため多くのライブ・コンサートやイベントの中止が相次ぎましたが、感染症対策を講じ始めて、再開するコンサートが若干ですが、増えてきました。そのきっかけになったように感じられたのは、昨年の11月に来日し、全国4か所で8公演を行ったウィーン・フィルハーモニー管弦楽団の日本公演でした。
ウィーン・フィルは、欧州が昨年2月に感染拡大されたころより、公演を中止していました。4月ごろよりオーケストラがどのように感染症対策したら良いのか楽団員や感染症の医師とともに、飛沫実験等を研究していました。5月ごろには、ヴァイオリン奏者のフロシャウアー楽団長とチェロ奏者のブラーデラー楽団事務局長の二人の演奏動画とメッセージがネット配信されて、日本の音楽ファンに伝えてきました。6月にはウィーン楽友協会ホールで小人数の観客でのコンサートが開始され、100回記念を迎える夏のザルツブルク音楽祭の出演も小規模な演出のオペラやコンサート、野外コンサート、パブリック・ビューイングなども含めて開催され実績を残していました。その間に、ウィーン・フィルは、11月に日本公演するために、オーストリア政府に感染症対策を含めた嘆願書を提出し、在オーストリア日本大使館とも相談しながら、日本政府に対して、渡航の特別許可申請を提出していました。
ウィーン・フィルの楽員は、オーストリアでもPCR検査をほぼ毎日行い、渡航前には、2週間の外出禁止が行われました。日本の招聘元であるサントリー・ホールも日本公演のための感染症防止対策として、ウィーンとの直行便のある全日空による特別チャーター便やJR新幹線の数車両ごとの特別チャーターを依頼し、空港とホテルの移動便のためのバスのチャーター等協力企業によるサポートの準備をしていました。日本政府に対しては、ウィーン・フィルとサントリー・ホールが誓約書を提出し、オーストリア政府のクルツ首相より日本政府に対して、「ウィーン・フィルの感染症対策を評価し、文化交流の重要性を訴える親書」が提出され、11月になり、オーストリア政府と日本政府より、特別渡航許可が出て、来日公演が実現しました。
11月4日午前、加藤勝信官房長官も記者会見で「オーストリア政府からの強い要請、両国間の文化交流の重要性にも鑑み、防疫措置の確保を条件に入国公演を認めた。」と発表されました。同日に、ウィーン・フィルの楽員105名が搭乗した全日空特別チャーター便がウィーンから福岡空港に到着し、入国時のPCR検査を行い、北九州公演を始め、大阪公演、川崎公演、東京公演の4都市8公演が開催されました。日本の音楽ファンに「困難の中にあるのだから、音楽の力を伝えたい。」との信念で、ウィーン・フィルとサントリー・ホールの21年間の友情関係の絆による実現だと思います。
福岡に到着後、ウィーン・フィルのダニエル・フロシャウアー楽団長の記者会見では、「今回の日本ツアーは画期的なツアーです。クラシック音楽業界だけでなく、世界中にとって象徴的な出来事だと思います。ウィーン・フィルが未来に向けた象徴的な存在に成れるということを、大変誇りに思っています。」と話していました。また、「(オーストリアの)ロックダウン後の6月、世界で最初に演奏を再開した演奏会のお客様は、僅か100人でしたが、私たちには大きな気持ちの揺さぶりをもたらすもので、全員が癒された時間でした。あの時、味わった気持ちを皆さんにも味わって頂きたくて、日本に来ました。私たちにとって、音楽や文化がどれほど大切かという事を、皆さまと分かち合いたいと思っています。」さらに、「独自のエアロゾル拡散実験を行い、通常通りの楽器配置で演奏するためにどうすればいいかを考えてきました。フルートなど、一部には注意も必要ですが、私たちは定期的にPCR検査を受け、ステージに上がるギリギリまでマスクをしています。そういう条件下なら、通常の配置で問題ないとの結論に至りました。何よりも、ディスタンスを取った演奏は、明らかにクオリティに影響します。私たちはウィーン・フィルの響きを守る義務があります。楽団創立以来の意思として、常に最高の音を届けなければならないのです。お客様もこれが愛するウィーン・フィルの響きだと思って聴いておられるのですから、通常の配置で演奏するためにやるべき事をやっています。」と話していました。
コロナ禍のため4月ごろ以降の国内演奏会や外来演奏家の来日公演は、すべての公演が中止、ライブ・コンサートやイベントもすべて中止、販売された公演チケットは、払い戻しの事態の最中に、やはりウィーン・フィル日本公演も8月ごろには、中止が予想されていました。10月以降、国内のオーケストラや海外のオーケストラもコロナ禍対策で無観客や収容人数の半数以下の観客数での演奏会やソーシャル・ディスタンスのためにオーケストラの配置を広めに取ることやパネルを設置する工夫等をしていて、いつものコンサートとは違う配置や距離や観客数で一部の演奏会の開催を試み始めていました。音楽的には、どのように響いていたのか疑問でしたが、必要なことでした。コロナ禍なのに、ウィーン・フィルは、通常の演奏の配置で通常通りに演奏会を実施しました。この時代に、驚愕的な出来事でした。
また、ウィーン・フィルのブラーデラー事務局長は、「日本に来ることは日本とオーストリアの政府、そして、ウィーン・フィルが未来に向けて文化的な生活を取り戻すためのビジョンを提示するまたとないチャンスなのです。」と述べています。「日本に来るにあたり、2週間の隔離状態と同様の厳しいルールを楽団員に課しています。ホールとホテルの往復以外、人と会わない、外出はしない。外にご飯も食べに出かけない訳で、そんな不便な状態でも、全員がこのルールを受け入れてくれました。彼らを大変誇りに思います。」また、来日前にウィーンでテロ事件が発生しました。これに対しても「こんな時だからこそ、予定通り計画を実行するという力を示さなければならないと考えました。音楽には傷を癒す力があります。日本公演の一つを、犠牲になった方々に捧げるコンサートにしたいと考えています。」そして、「すべての夏の音楽祭がキャンセルされている中で開催できたザルツブルク音楽祭の最終日の翌日、8月31日に私たちはオーストリア外務省に行って報告をし、また、中国と韓国と日本の在オーストリア大使たちと次のツアーについての話し合いをしました。中国と韓国ではツアーできない、日本だけが実現できるということでしたが、奇跡は実際に起こり、8回もコンサートを行うことができたのです。」と語っていました。
世界最高峰のオーケストラであるウィーン・フィルの180年の音楽の伝統を意識した表現と未来へ向けたチャレンジ精神の行動の実践が感じられました。
2021.07.25(TOKYO2020開催中の日に)
(②に続く。)
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