[ブログ] 楽譜de散歩
2023.09.12 音楽と社会

「車内チャイム」一考  下條 俊幸(日本楽譜出版協会 理事長)

【執筆者】下條 俊幸(日本楽譜出版協会 理事長)

東京での単身生活が思いのほか長く、東京は時折遊びに来るところで、暮らす場所ではないと抵抗され続け、家族はいまだに大阪で気ままに暮らしている。私はというと20年近くたてば、自然に身体のパーツそのものが、都合よく東京仕様に経年変化していることに何気に気づく。大阪に帰ったときなど、妻・娘の前にもかかわらず、つい「マクド」を「マック」と口が滑り、食事の際では「からい」を「しょっぱい」と表現してみたり・・・。日常生活でそんなことが、二つ重なろうものなら、敵はここぞとばかりに、二人して指まで指して私に向かい嘲笑うのである。ところが、思いのほかそれも居心地が悪くはない。家族だからなのだろうか。ということで頑張って今週も来週もしばらくの間、東京と大阪を行き来することになるのである。

今夏、ちょうど学校が夏休みになるタイミングを見計らってなのか、東海道新幹線の車内チャイムが変わった。20年ぶりだそうだ。

新たに採用された曲は、UAさんが歌う「会いにいこう」。こういったジャンルの曲をあまり知らない私でも、しばらく前からJR東海のCMソングとしてよく耳にしており、楽曲のスピード感とワクワクするような高揚感、何よりその歌詞とそこに込められた想いを絶妙に表現した映像によって、すぐにでも旅に出たくなるような気分にしてくれる。今年の夏は、まさにJR東海の戦略にまんまと引っかかった方々も多いことだろう。

その戦略的な楽曲を、車内チャイムに採用したのは、長く辛いコロナ禍の時を経て、低下しきったビジネス客を含む、旅行需要回復を狙ったキャンペーンの一環ということらしい。
だが、実際に新幹線の車内で聞いた印象としては、残念ながら少し拍子抜けという印象を持つことになる。
その理由を考えてみた。

車両が新しく変わったわけではないので車内の雰囲気は以前と同じ、アナウンスとか予告チャイムなど、それぞれのタイミングで自然に耳に入ってくる情報としての音(チャイム)と違うことで、瞬間的であっても、単純な違和感による身体的拒否が考えられる。それはよくある話で、某還暦を過ぎた身のゆえ、老化を起因とした新たな刺激への生理的抵抗も十分考えられる。

しかし今回は少し違うようでもある。
大阪まではしばらく時間がある。暇を持て余しながら考えてみた。

新たに導入されたチャイムの音域、尺、原曲の再現性という3つのポイントを挙げ、前作のTOKIOの「AMBITIOUS JAPAN!」と比較してみた。もちろん計測する機材が手元にあるわけもない車内での、しかも1時間ほどの頭の中だけの作業なので、ブログとはいえ、当紙面で堂々と発表できるものではない。くれぐれも戯言としてお聞き流し願いたい。

音域は、若干前作に比べて狭い印象。尺は、腕時計での目視による計測で、まさに頼りないものの、最終音の発音が、前作より1秒強ほど短縮しているなど、全体的にインパクトに乏しい。さらに再現性については、前作よりかなり低下しているというのが第一印象で、原曲の持つ爽やかで、ワクワク感が感じられない。等々、これが20年ぶりに導入された新幹線の車内チャイムの私の個人的な評価である。耳に馴染むにはどれほどかかるのだろうか。

厳しく勝手な評価とはいえ、新幹線の車内メロディーとして、恐らく決められた10秒足らずの尺で、しかも限られた音数と音色(その必要上敢えてかも知れないが)で、再現することは困難なのであろう。しかもその目的が、あくまでも列車の発車、接近、誘導、警告等、その時々の状況を乗客に知らせ、安全と安心を促すのが目的である以上、音楽としての機能を過剰に求める訳にはいかないかも知れない。勿論それは十分理解している。しかし新幹線に限った話ではないが、現場では安易な使われ方をしていることもまた事実である。
例えば発車時、列車の接近時、車内での発車信号、到着案内等々、おそらく場面、場面で相応しい尺というものがある筈である。そこまで研究しているかどうかわからないが、メロディーチャイムであろうとベルチャイムであろうと、車掌さん、駅職員さんの判断で作業する場面では、ブザー感覚として、結果的に音源をぶつ切りにして使われている日常の光景に触れたとき、少し残念な気持ちになってしまうのは私だけだろうか。
「楽曲」を大切にする気持ち。それは、理屈っぽくても音楽を生業にしている私たちが、押さえておかなければならない重要なポイントだと思う。

ちなみに、私の好きな「駅メロ」を最後に紹介したい。
それは、京王電鉄井の頭線久我山駅の駅メロである。作曲者は、ご当地、久我山在住の湯山昭先生。列車接近チャイムとして、下り(吉祥寺方面)は「山のワルツ」。上り(渋谷方面)は「おはなしゆびさん」。何れも湯山先生の代表作品である。ご承知の通り原曲は童謡。そのため音が少なくサイズが短いということもあって、作品の良さがしっかり表現されており、何より短い尺の中でも作品として完結している。駅メロとしての完成度は最も高い。
コロナ禍以降、湯山先生宅にお伺いすることもめっきり少なくなってしまったが、お元気でお過ごしのようなので、久しぶりに久我山駅に向かい駅メロを楽しみつつ、先生宅へご挨拶にお伺いしたいと思う。

一般社団法人日本楽譜出版協会