「楽譜をコピーする」ということ…。(前回のつづき) 織江 りょう(CARS幹事/作詞家)
新型コロナウイルス感染の報道がなされて、ほぼ2年が経過した。その間、新型コロナウイルスは変異を繰り返し私たちの社会生活を脅かし、根本から生き方さえ変えようとしている。それは、人間の生きてきた道がはたして正しかったのかという疑問を、最も小さな存在としてのウイルスから突き付けられているようにさえ思えるのはわたしだけだろうか。
人間中心の視点で進んできたこの地球の歴史は、開発の名のもとに環境破壊や種の滅びを引き起こし、今や多くの歪みの修復をすることに力を尽くさなければならない。その見えない敵との底知れぬ不安の戦いによって、わたしたちは今まで見過ごしてきた何気ない常識を変えなければならないことにようやく気づいたのかもしれない。
こうして今、世界のモラルも変わろうとしている。身の回りに溢れかえった化石燃料から生産された製品は最終処理することができず、その結果海を汚染し、生き物たちの体内に蓄積されて生態系を破壊している。わたしたちが何気なく無秩序に使ってきた品々が、日常生活の中にどれほど多くあったかを考えるとそれがよく分かる。二酸化炭素による大気汚染から自然エネルギーへの転換は、もはや地球の未来を決定するだろう。待ったなしの段階にきているのかもしれない。今まで「当たり前」だと思っていたことが実は当たり前ではないことに、日常とその先にあるものたちがいつも繋がっていることにわたしたちは気づかなければならない。
前号のブログで「楽譜をコピーする」ということについて、
「小学生でも、学校や家庭で水道の蛇口をひねって手を洗ったり水を飲んだりしたら、水を使った分だけ知らず知らずのうちにお金を払っていることになります。教室に入る時、スイッチを入れて明りをつけたりする場合も同じです。無意識のうちに使った分だけの電気料金を払っているのです。このことに関して、クレームをつけたり疑問の声を発する人は誰もいないでしょう、楽譜をコピーするという行為もそれと同じです。」と書いた。
今まで「当たり前」だと思っていたコピーをするという何気ない行為が、実は楽譜制作に関わってきた音楽に携わる多くの人たちに、ひいては音楽業界に多大な損失を招いているのだということを知ってほしいと思うのです。
デジタルを含めて、楽譜をコピーするという行為が、著作権そのものの侵害であることが常識となることを望んでやまない。「日本の常識は世界の非常識」という言葉を耳にすることがある。楽譜コピー問題もその一つだろう。今まで我々の常識だと思ってきた何気ない行為が世界の非常識にならないよう、一人ひとりのモラルが問われている時代なのだと思っている。
