[ブログ] 楽譜de散歩
2022.06.01 音楽について

絶対音感(一)  菅野 由弘(CARS代表幹事/作曲家)

【執筆者】菅野 由弘(CARS代表幹事/作曲家)

皆さんは「絶対音感」という言葉を聞いて、どんなイメージを持つでしょうか?「どんな音でもド・レ・ミ、と言うような音名に聞こえ、言い当てることができる」「世の中の音の全ての音程が分かる」などなど。やや神格化されたイメージで捉えられがちで、憧れと嫉妬に満ちた訳の分からない評価が横行していることも否めません。決して、全てのピッチ(音高)が分かる特殊能力ではありませんし、ましてや神の領域などでもありません。このCarsの活動に賛同しているかなり多くの音楽家が普通に持ち合わせている音感です。

最相葉月(さいしょうはづき)さんの論考「絶対音感」の本を読んだ方も多いかと思いますが、要するに「音の高さ(ピッチ)を、記憶に基づいて、音名で言い当てる能力」のことです。例えば、救急車が通ると「あ、シ・ソ・シ・ソ、ね」と、他に比較する音がなくても、言い当てる能力のことです。この「記憶に基づいて」という所がミソで、救急車が来た時に、例えば、ピアノで「ド」の音を出してみてから、それとの幅を探って「シ・ソ・シ・ソ」と判断するのではなく、全く比較する音なしに分かるのです。それに対して、ピアノの「ド」を出してみてから、それとの幅を探って判断するのを、「相対音感」と呼びます。この「相対音感」は、「絶対音感」保持者にとっても重要な使い道がありますので、それは後述します。つまり「音を記憶していて、それをいつでも呼び起こせる」のです。

色で考えると分かり易いのですが、多くの人は、例えば「青」の色を見ると、「あ、青だ」と色の名前を言い当てることができます。「赤」でも「黄色」でもそうです。「緑色」を見た時に、「赤」と見比べて「これは緑だ」と判断しているわけではないと思います。これは、色を記憶していて、その記憶に基づいて「色の名前を呼び起こす」わけですので、多くの人が「絶対色感」を持っていることになります。

音に関しても同様で「あれはラだ」とか「シのフラットだ」などと記憶しています。まとめておきますと、「絶対音感」とは、「音の高さ(ピッチ)」に「音の名前を付け」、「それを記憶し」、「いつでも呼び出せる能力」ということになります。ここで述べた「音の名前」は、12音平均率の音、即ち「ド・ド#・レ・レ#・ミ・ファ・ファ#・ソ・ソ#・ラ・ラ#・シ」ですので、これから外れた音は、記憶していません。外れた音は、「ドとド#の間でやや低め」などと判定することになります。

音を聴くと、そこから音名が導き出せるわけですから、音楽家にとっては非常に便利な能力です。

最相さんの本の中に、その功罪が克明に書かれていますが、少なくとも音楽家にとって便利な能力であり、何の不都合もありません。もし、私に絶対音感がなかったら、もっと良い曲が書けたかも知れない、もちろんその可能性もなくはないので、それに関しての議論は他に譲ります。

絶対音感があれば、聞こえた音楽や音を、頭の中にある音楽や音を全て音名に直せるわけですから、即座に楽譜に書き取る事が出来ます。これは、誠に便利な能力です。

モーツアルトに絶対音感があったか、無かったか、というのは、今から検証出来る可能性はありませんが、例えば、聴いた曲を直ぐに弾けた、とか楽譜に書く事が出来た、という話があります。これは、絶対音感がないと無理なので、たぶん、あっただろうと類推できます。

ただし、ここで言う「絶対音感」は、全ての周波数を覚えていて、「あ、624Hzですね」とか「758Hzですね」などという風に当てられ、あらゆる周波数を検出出来る訳ではありません。そういう、天才的な人がいるかも知れませんが、私には無理です。私のことを言えば、A=ラ=440Hzを基準とした「平均率の半音階」を記憶している、という事になります。「楽器の音」や「ピッチの定まった音」は記憶に基づいて検出できますが、「鳥の声」や「虫の音」、「海の波の音」などは分かりません。「鳥の声」の中で、平均率のピッチに合う所があれば、「ファからシに向かって上がって行った」などと分かりますが、「間の音」を全て言うことは出来ません。「虫の音」もまたしかり。複数の音が混ざり、しかもスイープして動き、平均率から外れている、これを正確に言うことは不可能です。「海の波の音」に至っては、ほとんどの周波数の音が混ざっているので、特定のピッチになっていません。時々「自分は絶対音感があるので、自然の音でも風の音でも何でもド・レ・ミに聞こえる」という人がいますが、これは、相当なる噴飯物です。受けを狙ってこうした嘘を言う人がいるために、あらぬ誤解が生まれています。「風の音の中に、あるピッチに収斂している音がある場合、その音を拾い出すことができる」というのが本当のところなのです。

ここまで理解して頂けると、神格化された「絶対」音感が、音楽家にとっては宝物の能力ですが、それ程特殊なものではない事がお分かり頂けたかと思います。因みに、「車のエンジン音を聴くと、メーカーや車種が分かる」人や、「録り鉄」という「鉄道の音で、何線のどういう車両かを聞き分ける」人もいますが、これも一種の絶対音感なのです。ただし絶対音感の訓練は、幼少期に行われる必要がある、と言うのは、脳の発達、脳を発達させた結果であることが分かっていますので、それは後述します。また、エンジン音で車種を聞き分けるのも、録り鉄も、子供の頃から好きだったことが、聞き分ける能力を獲得する条件なのです。

さて、私は、A=ラ=440Hzを基準とした「平均率の半音階」を記憶している、と書きました。ということは、ピッチが変動したら成り立たなくなる、ということは容易に想像できるかと思います。ところが、ピッチが世界中でほぼ統一されたのは、1950年代に入ってからです。バロック時代のピッチは、ほぼA=415Hzと言われています。ヘンデルが持っていた音叉(1751年頃)は、A=422.5Hz、ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団の音叉(1820頃)は、423.3Hz、という具合で、バラバラです。更に面白いのは、ヨーロッパ各地のパイプオルガンのピッチを調べた資料です。

Parisの教会:A=373.7(1648)

Lilleの教会:A=384.5Hz(1700)

Londonの教会:A=419.9Hz(1715)

Versaillesの教会:A=395.8Hz(1789)

Paris Opera:A=428Hz(1858)

Covent Garden Opera:A=450Hz(1879)

現在のA=440Hzで考えると、例えば、最初のパリの古いオルガンのA(ラ)の音373.7Hzは、ほとんど短三度下のF#(ファ#)です。リーユの教会、384.5HzになるとG(ソ)に近い。ロンドンの教会の419.9HzはG#(ソ#)に近い。

パリのオペラ座は428HzというとG#(ソ#)とA(ラ)の間くらい。Londonのコヴェントガーデンのオペラというのは、今のロイヤルオペラと同じ場所ですが、450Hzというと、かなり高い、がかろうじてA(ラ)でしょうか?

モーツアルトは、ヨーロッパ各地に演奏旅行に行ったことが知られていますが、行く先々でピッチが違う。Londonの教会ではA=419.9Hz、Versaillesの教会ではA=395.8Hz。ヘンデル、ハイドン、モーツァルト、ベートーベンの頃のA=ラのピッチは、423Hzあたりが標準であったと言われていますが、これとても定かでは無く、ともかくバラバラなピッチが存在していたわけです。当時は、今のように簡便に周波数測定が出来なかったのと、パイプオルガンは修復の度にパイプを切っていってしまう、従って、街の教会オルガンのピッチはどんどん上がって行くという事になっていました。では、モーツアルトの絶対音感は、何Hzの絶対音で、行く先々のピッチが違っていたら、どうしていたのか?ここからは、類推の域を出ませんが、我々、音楽大学を受験する受験生は、ソルフェージュ教育を受けます。これは音感教育で、いくつかのカテゴリーがありますが、その中の一つに、「クレ読み」、もしくは「クレフ読み」と称する「音部記号の読み替え」というのがあります。これは、五線譜のどの線を「ド」にするか、そして、その「ド」の音が、どこに行っても読めるようにする訓練です。これをマスターすれば、半音低ければ、「ド」の位置をズラしてそのまま楽譜が読めるのです。モーツァルトも、「クレ読み」移動を駆使して、どんなピッチの地方に行っても、即座に読み替えて、易々と対処していたものと想像しています。とは言え、「この街は、こんなにピッチが低いの?」といった会話が交わされたであろうことは、想像に難くないのです。

「絶対音感」の「絶対」という響きに幻惑されるのですが、もう一つ「相対音感」という非常に重要な能力があります。我々、「絶対音感」保持者も、実はこの「相対音感」にかなり頼っている所があるのです。それに関しては、次回に続きます。