日々雑感 下條 俊幸(日本楽譜出版協会 理事長)
夏の暑さが過ぎ去って、ことのほか暑さ寒さが苦手な私にとって、まさしく過ごしやすい季節を迎えたと思いきや、やけに日の暮れが早くなったと今更ながら気付き、考えてみればすぐそこに「立冬」を控える季節となった。
うん十歳を過ぎた辺りから、緩やかな時の流れと、穏やかな日々を過ごしたいと願い、いろいろ自分なりに工夫を重ねて過ごしているつもりではあるが、どうも、緩やかどころか正反対に急加速していっているようにも感じるこの時の経過に、最近では早々しくも人生の焦りさえ感じてしまう今日この頃である。
さてしばらく前に、小学6年生になる孫から「大好きなじぃじへ」と、色とりどりのマジックペンで書いた、彼女にとって小学校最後の運動会の招待状をもらった。10月最後の土曜日ということで、何かと仕事関係のイベントとかコンサートの多い時期ではあるが、これだけは何が何でも駆け付けなくてはと、必要な用件は前もってキャンセルし、そこまででないものは都合よくスルーしながら、何とかスケジュールだけは無理やり確保した。あとは天気の具合のみということで、この一週間、全国的にも穏やかな日が続いていたものの、気になって仕方がない。毎日のように大阪地域の週刊天気をネットで検索しながら過ごすことになる。
その願いが叶ったのか、今日まさに運動会日和の秋晴れで爽快な日となった。
食事もそこそこに、学校に向かう。運動場ではすでに準備が整い、まさに3年ぶりの運動会が始まろうとしているところである。6年生の席に待機しているであろう、それほど多くない子供の顔をひとり一人確認していると、日ごろから口数が少なく控えめな孫の声がスピーカー越しに聞こえてくる。なんと本部席で運動会のアナウンスをしているではないか?
運動もそれほど得意ではない筈なのに、招待状まで作ってわざわざ送ってくれた理由が、何となくわかったような気がする。原稿読みの形式的なフレーズもあるが、競技そのものの実況アナウンスは、しっかりと自分の言葉でしかも大きな声で、堂々とその役割を果たしている様子を眺めていると、不覚にも涙腺が緩んでしまいそうになった。
どういうわけか?30年ほど前、自分の息子、娘の時とは、少し違うこの感覚。よく耳にする「孫は責任がないから」ということなのかどうなのか?
そんなこんなを考えながら、彼女の出番である徒競走、ダンス、リレー等、一日中目を凝らし、孫の姿を追いながら、恐らく目尻はしっかり下げっぱなしにして、本日私のメインイベントは無事に終了した次第である
コロナ禍の不安がほんの少しずつ解消され始めた矢先、突然ロシアによる武力侵攻が発生、その後、解決の糸口さえ見えないまま、目まぐるしく変化し続けるこの社会環境で、直接的にも、間接的にも様々な影響として、日常生活に降りかかってくる。今日のような平凡でも穏やかな一日を過ごした後は、私ならではの副反応なのか、拮抗作用かの如くネガティブシンキングが働いてしまう。小心者ならではの一時の現象かもしれないが、この世界レベルの出来事とインパクトを受け、子供、孫たちの前途を思う時、以前までは「気がかり」レベルの感覚が、最近では恐れを伴う「不安」さえ感じる。
行く末の不安といえば、長く身を置いているこの楽譜出版業界でも残念ながら同様に存在する。楽譜、版面のコピー、剽窃問題は、消費者の意識は間違いなく高まり、理解も進んでいると感じる時もあれば、電子媒体含めコンテンツの提供とその利用実態を時折眺めてみるとき、IT技術の進歩に伴うビジネスモデルの多様化は、この業界でもご多分に漏れず必然として、次々と新たな問題となる事案も発生しているなど、健全な業界の環境の実現にはしばらく時間がかかるかも知れない。今が正念場と自身に言い聞かせその役割を果たしていきたい。
