絶対音感(二) 〜人は皆、違う音を聴いている〜 菅野 由弘(CARS代表幹事/作曲家)
「絶対音感」とは何か、についての第2回になります。第1回では、やや神格化された誤解に満ちた絶対音感像の実際、実体について説明しました。
第2回は、「絶対音感」と対になっている「相対音感」の話から始めます。
「絶対音感」とは、「音の高さ(ピッチ)」に「音の名前を付け」、「それを記憶し」、「いつでも呼び出せる能力」であることは、第1回で説明しました。この音の名前を「記憶し」というところがミソで、文字通り「記憶して」います。例えば、今ここで、このブログを読んでいて、何の脈絡も無く「ド♯(シャープ)」の音が聞こえたとします。そうすると、絶対音感保持者は、「あ、ド♯の音が聞こえた」と反応します。普通の人は「あ、音が聞こえた」だと思います。つまり、何かと比較して音名を割り出しているのではなく、「記憶」に照らして音名を認識するのです。それに対して「相対音感」というのは、比較対照する音が与えられていれば、その音と比較して「音名」を割り出すことが出来る能力です。最初に「ソの音」を聞かせます。そして、「ソの音」を認識している間に、「ドの音」を聞かせると、「ソ」と比較して「あ、ドの音が聞こえた」と判断します。
この例で言う「ソの音」を永久に記憶しているのが「絶対音感」、数分間記憶でき、それと比較することが出来る能力が「相対音感」となります。よく「絶対音感」vs「相対音感」のような話が出てきますが、これは、相反するものではなく、絶対音感保持者は、相対音感も駆使しており、両者とも無くてはならない能力です。絶対音感保持者が、相対音感を使っていないというのは、勘違いです。「相対音感」は、「響きを覚える」と言ってもピンとこないかも知れませんが、要は「ドとミ♮」の響きと「ドとミ♭」の響きの違いを覚えていて、その記憶と照合して「音と音の幅」を察知して、何の音であるかを判断する、というものです。そしてそれは、10歳を過ぎてからでも獲得可能な能力です(何故かは分かりません)。絶対音感の訓練と相対音感の訓練は同時に出来てしまうので、絶対音感保持者は、同時に、相対音感も持っている事になります。そして、この「相対音感」も、音楽家にとって無くてはならない能力です。というのは、「相対音感」は「響きで判断する」ことを指します。この「響き」に関して、極めてセンシティブであることを求められるのが音楽家です。もちろん、音楽家でなくても、響きに敏感に反応する人は多数存在します。が、音楽家には必須の能力、しかも、正確に「ある響き」を判定する必要があります。そう、「極めてセンシティブ」でなければならないのです。
再度まとめておきますと、「絶対音感」は幼少期に訓練する必要があるので、10歳を過ぎてからでは、残念ながら獲得できません。が、「相対音感」は、10歳を過ぎてからでも獲得可能で、且つ音楽家には欠くべからざるものです。ということで、この両者は協力協働関係にあるので「VS」といった対立関係にあるものではありません。「絶対音感保持者」は、「絶対音感+相対音感」を用い、「絶対音感」のない人は、「相対音感」のみを用いる、ということになります。「絶対音感」のない音楽家は沢山いますが、「相対音感」を身につけていない音楽家は、ほとんど音楽家としては成り立たないので、ほぼいません。

更に、医学的研究で、次のような事が分かっています。
ドイツ・デュッセルドルフのハインリヒ・ハイネ大学神経科医グループの研究によれば、「30人のプロの音楽家の脳をMRIで撮影した結果、絶対音感を持つ11人の音楽家の左半球の大脳皮質聴覚野が、右半球の同じ場所に比べて、平均40%も大きかった」ということです。
また、バード大学のゴットフリード・シュラウグらは更に、大脳皮質の運動野、聴覚野、視覚空間野だけでなく、小脳でも灰白質(かいはくしつ)の量が増えていることも明らかにした。
もう一つ、ニーガ・クラウスらは、脳幹レベルの基礎知覚メカニズムも、音楽家の場合は強化されており、確かに差異があることを発見している。「音楽家は、音楽家でない対照群の人々に比べて、言語音声と音楽刺激の両方にすばやく大きな脳幹反応を示した。音刺激開始から100分の一秒という速さだ。この強化は「音楽訓練の長さと強い相関があった」という研究結果を発表しています。
それらの脳の動きが、どれだけ音楽性に関わるのかは分かりません。ただ、早期の音楽的訓練が、音楽に関わる脳を育てていることは間違いないようです。
こうした研究は、全て医学系のもので、医学論文として発表されているので、我々音楽家の目に触れることは少ないのですが、紛れもない事実です。

ここまで「絶対音感」の実像と実態を書いてきました。かく言う私が、かなり完璧な絶対音感保持者であり、それに頼り、それを縦横に駆使して作曲活動をしてきた立場から述べています。ところが、ここへ来て、その「完璧」と自負してきた「絶対音感」が揺らぐ事態になりました。
私の絶対音感が下がった。下がったという意味は「音が高く聞こえる」ということです。絶対の自信を持っていた「絶対音感」が狂うなど、有ってはならないことですしあり得ないことです。しかし、現実に起こりました。A=442Hzで調律されたピアノの、A(ラ)の音を弾くと、B♭(シ♭)に聞こえる。「まさか」です。私が自信を持っていた絶対音感が、下がってしまい、ピッチが高く聞こえる、という現象が起きているのです。残念ながら、老化現象で、絶対音感保持、非保持に関わらず、加齢とともに、ほとんど全ての人が、ピッチが高く聞こえるようになるのです。
これについても、医学系の研究で、確かめられています。「米国科学アカデミー紀要」に掲載された「絶対音感能力における二分法と知覚変容」という論文です。アレキサンドラ・エイトス、バーバラ・レヴィンソンらの著述で、カリフォルニア大学の医学系、遺伝学系のグループの研究です。
【2002年~2005年の調査】
絶対音感保持者として応募してきた2213人のうち、テストの結果、絶対音感保持者と認定された981人に、無作為に選択された40の純音と、40のピアノ音によるテストを行い、その結果、51歳以上の被験者で、両方の全てを正答した人はいなかった。その中の3人のみが、ピアノの音は正しく答えた、という結果が示されました。
被験者は、純音よりもピアノ音でパフォーマンスがやや優れている傾向があった。倍音によって精度が増すという結果ですが、これは、私自身も経験しています。今でも例えば、オーケストラの最初のオーボエのチューニングの「ラ」の音は、ほぼ間違えません。が、シンセサイザーの純音に近い音だと、完全に半音高く聞こえます。
ある被験者は、単一の純音又はピアノ音を、全ての音に対して半音高いシャープで回答した。これは、私自身も、現在、そうなります。
ほとんどの被験者で、ピッチの高さは上方に変異して聞こえる傾向がある。つまり、高く聞こえると言うことです。
この研究でも検証された通り、我が素晴らしい能力は、年齢とともに落ちて行き、ピッチが高く聞こえるようになる、というわけです。そして、それは、絶対音感保持者だから、ピッチが高く聞こえるようになるのではなく、加齢とともに、人間は皆、ピッチが上がっていく事を示しています。絶対音感があるから、その事実に気づくのですが、普通は気づかない。気づかないうちに、ピッチは高く聞こえるように耳がシフトしてしまっている、私も、(若くない)あなたも、です。
因みに、今私は、「ほぼ半音高く聞こえる」という現象が分かったので、脳内処理して、正確に答えることが出来ます。ただし、体調の変化かと思いますが、日によってバラツキがあるので、朝起きると、我が家の階段に吊してある「竹の楽器」を揺すってみて、「今日は半音高いな」とか、「今日はほぼ普通に聞こえるな」とか、その間だとかを確かめて、脳内処理を行っています。と言っても、それほど大変ではなく、直ぐにその状況に慣れます。
これを読んで下さっている、高齢の音楽家の方で、密かに「自分の音感が狂ってしまった」と悩んでいる方がいるのではないでしょうか。この現象は、人類全ての人が、加齢とともに被る不具合で、俗に言う「耳が遠くなる」(音量に関するもの)、「高い音が聞こえなくなる」(人間の可聴範囲は20KHzまでと言われていますが、高齢になるほど高い音は聞こえなくなります。今の私は16KHzまでしか聞こえません)、そして「ピッチが高くなる」(音高に関するもの)がセットになってやってくるのです。本当にガッカリです。しかしそれが現実で、それも、絶対音感があったから認識できるのです。
そして、この事実を踏まえると、実は若い人と高齢者では、聴いている音が違う事に気づきます。同じコンサートで、同じ音楽を聴いても、実は、違う音を聴いている。そう、人は皆、同じ音を聴いているわけではないのです。百人いれば百通りの感性があり、音楽に対する感じ方は多様である。これは既に皆が認識しているところですが、そこに加えて、身体的条件によって、聞こえ方は更に多様になる。音楽から得る感動は、無限のヴァリエーションがある。感動できるか、できないかも含めて、多種多様な感覚で捉えている。これが「音楽的感動」の正体だと改めて考えると、その素晴らしさに感動せざるを得ません。いかがでしょうか?
一人一人に違った多様な感動をもたらす、あなたや私のためにパーソナライズされて唯一無二のものになって聴こえている。これこそが、音楽の喜び、芸術の楽しみなのです。こんなに素晴らしいことがあるでしょうか。しかもそれは、私たちの手の中、いや耳の中にあるということを再確認し、一緒に享受したいと思います。
