[ブログ] 楽譜de散歩
2013.10.28 著作権について など

番外 末吉 保雄(CARS幹事/作曲家)

【執筆者】末吉 保雄(CARS代表幹事/作曲家)

楽譜コピー問題協議会(CARS)との関わりも長くなりました。

一作曲家の立場として、発足時から同僚先輩たちといっしょに参加して、楽譜出版社やJASRACの方々と、違法な楽譜コピーをどうしたら減らせるか対処策を話し合ってきています。

何から手をつけるかと考えた頃からくらべれば、今は、ホームページでご案内しているようなことが実現できて、少しは事態が改善されたかと願うものの、現状を思うと、まさに「日暮れて道遠し」です。

「楽譜コピー問題」とは、コピー・媒体変換・送信…まさにIT革命の渦中で違法行為を減らそうというのですから、自分の方向感覚を維持するのさえ大変です。そのなかで、頼りのJASRACも、することが増えるばかり。楽譜出版社は版面権の定立に悪戦苦闘。そして著作者たちはどうでしょうか。

音楽著作者といっても、様々です。音楽や著作物のジャンルの相違も大きいものの、どのようなものを、いつ、どこで、どのように発表しているかとか、それを今後どうしたいのか、著作物からの収入額はどのていどか、その年収に占める割合、生計の立て方…それぞれに、じつに様々な違いがあります。

著作権をどう理解し、どう考えているかは、この様々な違いと深く関わっています。

JASRACの会員は、そのなかの、ごくごく一部です。私は準会員で、会員の意見や会議のおおよその推移などは、一部を「会報」で読んでほんの少し理解しているつもりですが、他の準会員たちが何を考えているかは皆目分かっていません。

そして、多数の信託者たちがいます。さらに、そのどれでもない音楽著作家が、多数存在しています。私が参加している日本現代音楽協会の会員のなかでさえ同様です。

つまり、ことは「自作の楽譜」「楽譜一般」との関わりは千差万別、したがって「楽譜がコピーされること」への関心、反応も多種多様というわけです。

自作がコピーされて(適否にかかわらず)、少しでも人の目に触れることを待望する例もあれば、自作が断りもなく人に見られるなど真っ平、コピーなどとんでもない、という例。一人の人がこの両例をもつことも有ります。

そしてまた、以前にも書きましたが、いまや「音符を書かない音楽著作家」も増える一方となりました。原作が「紙」でないと、オリジナルとコピーの関係も、新しい現れ方をします。はてさて、これらのさまざまゆえに、音楽著作家がいま「著作権」をどう考えているか、一作曲家には、まったくもって不可解ということになります。

もちろん、自分はいろいろに考え、語ったり、書いたりもしますが、あくまで「一作曲家」の立場での理解、意見、感想にすぎません。日本現代音楽協会の一員としてCARSに参加していますし、私の見解、主張を理事会は支持してくれていますが、もとより、「著作権」について、私は会を代表していません。

(たとえば、その有効年限50年を延長することについても理事会内部にも賛否両論有って、したがって、会が、自ら延長を主張することは、たぶんないでしょう)

とはいえ、信じて誤ることがないのは次のことでしょう。「著作者の創意、創作は、尊重されねばならない」。