[ブログ] 楽譜de散歩
2014.11.05 音楽について

楽譜とコピー(その4) 末吉 保雄(CARS幹事/作曲家)

【執筆者】末吉 保雄(CARS代表幹事/作曲家)

先日、親しい友人から、あるフランスの作曲家の「原譜」を預かってきました。

歌曲の「ペン書きの自筆草稿」。19世紀末に書かれたと考えられます。浄書ではなく、余白に別案が記されていたり、譜尾の書き落としがいくつも有ったり…、この曲の「初稿」かも知れません。

黄ばんだ五線紙の、少し薄れかかった筆跡を見つめていると、110余年前、音符が書きすすめられてゆく、そのときの筆の速さまでもが実感できます。

以前私は、この作曲家の住まいを訪ねたことがあります。アップライトのスタインウエイが置かれた部屋が有って、その譜面台には、この作曲家の良く知られた曲の楽譜が開かれていました。それを弾いてきました。この「草稿」も、あのピアノから音になっていったのだろうか…。「実物」の力は不思議です。何かこう、「気配」が立ち上がって来ます。…サァ、汚したら大変!と、急いでコンビニに駆け込み、カラーコピーを撮ってきました。

このブログにも、以前、自筆楽譜からもたらされる貴重な「情報」を書きました。

「書」が、上手下手を超えて、筆者の存在を残しているように、楽譜の筆跡にも、筆者の「人」が現れます。まずは、音符を書く口々を、数年経験した手か、いや何十年も緻密に書き付けてきた人の筆か、それはすぐに判ります。今回は繰り返しませんが、旧友から手紙をもらえば、その筆勢から体調が知れるように、筆跡は、さまざまなものを語ります。

写譜屋さんの書く印刷譜が世の中に出回るように成った頃、それを見た人は、きっと、作り手の「筆跡」を失った譜を嘆いたことでしょう。筆跡から、切迫感、落ち着き、明暗…つまり曲想が知れたのに…そう、だから以前は書かなかったのに、強弱だの曲想だのを文字や記号で指示するようになったに違いありません。

(そう言えば、いまは亡き親友が、『娘にワープロで求婚状を寄越すような奴には、結婚は許さん!』と息巻いていたことを思い出しました。)

さて、今の、コピー術は、自筆譜を、筆跡や染みまでそのままにコピー出来ます。スキャンしておけば、如何様にも利用できます。念のため、マイクロフィルムにも撮っておきましょうか。現物を汚損させずに、人々が眺めるためには、それは欠かせません。

おかげで、シューベルトが病床で手を加えた譜も、モーツァルトの対位法の学習ノートも、学者の観察対象にも、私にさまざまな想像をめぐらせるきっかけにもなります。もっとも、紙質の調査など、現物に当たらなければならない場合は有って、いま、バッハの原譜の経年変化への憂慮が深まっています。むろん、オリジナルは、「宝」です。

ところで、私の憂慮は、別にもう一つ。いまや、作曲家が「筆跡」を残さなくなってしまったことです。「データ」は、ほんとに、紙より長持ちするのだろうか…だいたい、送られてきた「データ」は、ほんとに「その人」のものと特定できるだろうか?状況的に、信用できると判断するとしても、スリ変わったり、バケてしまったりは、無いだろうか?将来、図書館は、作曲者が用いたパソコンだの、Iパッドだのを保存するのだろうか?

2014.11.5