番外 末吉 保雄(CARS幹事/作曲家)
私は、日本音楽著作権協会(JASRAC)の準会員です。
考えるところが有って、作品を信託したのは、創作を始めて30年以上過ぎてからでした。考えたことと言うのは、協会が、信託楽曲の利用を原則可とするからでした。ある時まで、その可否は自分で決めたかったのでした。でも、いろいろ考えて、学んで、信託にふみきって今日に至っています。
それで、年間さした数ではありませんが、国内外での利用の把握されたものについて、使用料の支払を受けるだけでなく、このCARSをはじめ、所属する日本現代音楽協会への有形無形の支援を得て、協会にはたいそう感謝している次第です。
JASRACの、組織として、また協会職員個々の職務の成果は、国内外に広範かつ膨大なもので、その結果、日本の音楽著作者たちは今国際的に見て恥ずかしくない著作権環境に在って、それは誇るべきことと思います。情報、技術…その蓄積は社会資産です。
ここに至るまでのご苦労の甚大だったことを思い、私は敬意を惜しみません。不当なカラオケ店にたびたび足を運んだり、時に怖い思いもして…。自作が、カラオケで利用されることなどは皆無の一会員ですが、それらの集積こそが、この環境を守っていてくれていると考えます。
それなのにどうしたことか、JASRACはこのところ、新聞、雑誌などから叩かれることの少なくなく、日本の社会の誇らしい存在と認識されていないかのように思えます。
世の中の、なるべく勝手に安く利用できることは善、そのための差し支えを排除することは進歩…そんな気風に曝されているからでもあるのでしょう。最近の新聞記事も、JASRACの「著作権使用料の取り立て機関」としての機能だけを論じていました。
突きつけられている矛、そのことへの感想をここで述べるつもりは有りません。ただ、残念に思う一つを言おうと思います。それは、著作者個々からの、著作権の大切さを訴える声をあまり聞かないことです。
JASRACの作成するパンフレット類には書いて有るから、安心しているわけでしょうか?むろん著作者は様々で、個々の、重要度の認識もまちまちです。そのような個々が、ばらばらに物を言って、かえって世間から足並みを乱したと思われたら逆効果だから、JASRACにおまかせしていよう…ということも有るのでしょうか?
著作権は、今更言うまでも無いことですが、著作者の権利です。ただ、著作者自身が経験する、様々に個別的な日常に、著作権法の条文と整合させながらそれを主張することは、きわめて厄介で、難事です。それがまた、著作者個々が「うっかり物を言ったら…」と口を噤ませもします。
でも、今の風潮に在って、このまま黙って「JASRACにお任せ」で良いものでしょうか?と考えてきて、はたと、どこでどのように発言の機会が有るか?と思いました。
「協会会報2015年12月号」によれば、会員・信託者合計数は17,319、正会員は1,414。1割にも満たない人に発言の機会が保証される。
著作者側の組織にも、内在する課題は多い、ということでしょうか?