[ブログ] 楽譜de散歩
2016.06.22 著作者や作品などの紹介

小森先生を悼む 末吉 保雄(CARS幹事/作曲家)

【執筆者】末吉 保雄(CARS代表幹事/作曲家)

小森昭宏氏が逝去されました。高名な方で、曲もお顔も早くから存じ上げていましたが、“げんこつやまのたぬきさん”の作曲者と知ったのは、たくさん子供たちと歌ってきた後になってからでした。

CARSでご一緒するようになって、色々なお話しを伺い、多くを教えて頂きました。N響のティンパニストだったお父上の面影と重なることも有って、そのお父上の戦前・戦中・戦後のご様子を話していただいたことも有りました。

CARSの会議では、「中田喜直さんが、不当なコピー譜をふりかざして『これは偽札!』と力説した」などのエピソードを引用して「作る者の気迫」を説いておられました。

6月の会議で、いつものようにお目にかかれるとばかり思っていましたので、突然の訃報を受けとめかねています。先ずは、長く、違法コピー排除運動の陣頭に立ってくださったことに感謝を申しあげ、ご冥福をお祈りする次第です。

故小森氏の、長年の「著作権擁護」の活動はCARSにとどまりません。そのご功績については、いずれJASRACを中心に共に活動された方々から語られることでしょう。

ここで私が申すべきは、その運動を、次代にしっかりと引き継ぐことの重要性です。

より若い世代に確実に「渡す」ことがなければ、いまの世相のなかで「著作権」への意識は急速に希薄化してゆくことでしょう。若い著作者たちの多くも、例外ではありません。

もしかすると、『売れている人』はそうでないのかも知れません。『売り上げ』を減らすような行為には、敏感に反応し、これを咎めることにも異を唱えないでしょう。

一方、多くの『売れない人』は、『売り上げ』を当てにするより、まずは、少しでも作品が認められ使ってもらうことを切望します。「違法コピー」でさえ、自作に関心を持ってもらうためならと、大目に見てしまう例は少なくありません。

この乖離から、気になることは、「著作権」への意識が、著作者側で二分してしまう傾向です。

尊重されるべき著作者の権利は、収入の多寡によりません。収入の毀損される度合いによって尊重度が変動する…そうなりがちなことは理解するとしても、著作者のもつ権利が尊重されるべきだという「前提」は、そのことと無関係です。1円にもならないものを作ろうとも、著作者、著作物は尊重されねばなりません。

著作者自身がその前提に立たなければ、「著作者でない人たち」は、これを、隙有らばと蚕食してゆきます。すでに「権利は尊重されるべきだが…手続きの厄介さが利用の拡大を妨げ…価額が高くなる。もっと安く…手っ取り早く…」「そもそも、そんなに儲けなくとも…」とも「著作者たちの“権利擁護”の主張が、世の中の“進歩、拡大”の足を引っ張っている」とも…そんな“論”が蔓延っています。

創りだすことより、誰かが創りだしたものを利用する、それも安く利用する…その多勢が、創作への“敬意”を忘れさせます。“百の創意”は“ひとつの収益源”をさえ保証しません。しかし、創られたときに1円にも成らなかったものが今では“至宝”…そんな例も、いくらも有ります。「著作権」は、将来に創作の意味を繁げてゆく思想です。

小森先生からのバトンを、今度は“次に”どう渡すか…それを考えています。

2016.06.22 
末吉保雄 (作曲家・日本現代音楽協会理事・CARS幹事)