[ブログ] 楽譜de散歩
2021.09.17 音楽と社会

100円の浴衣  横田 訓也(CARS幹事)

【執筆者】横田 訓也(CARS幹事)

本年6月から幹事を務めさせていただいております横田と申します。
どうぞよろしくお願いいたします。

私の父はかつて浴衣生地の染色職人でした。
父が職人をしていたのは、私が2~3歳の頃まででしたが、当時のことは鮮明に覚えています。
仕事場には、染料と木綿の匂いが漂い、染色した箇所を乾かすために、天井から生地が何本も吊るされていました。作業中は生地が動いてはいけないので、仕事場に風が入らないよう基本的に窓は閉まっていて、温室のように暑かったことも記憶しています。
染料で染まってしまった父の指先、生地の糸屑、集荷のトラックの排気ガスの匂い、水分補給の麦茶・・・。
私にとって浴衣はノスタルジックな気分にさせるものなのです。

先日、近所のスーパーマーケットに買い物に出かけたところ、浴衣が100円で販売されているのを見かけました。
新型コロナウイルスの影響で、花火大会や夏祭りが軒並み中止となり、浴衣需要も激減しているのでしょう。だから、お客様に改めて関心を持っていただくために、採算度外視の低価格を設定し、浴衣の素晴らしさを伝えたい、という意図があるのだろうということも理解します。
それにしても100円とは・・・。
浴衣の生地の柄はデザイナーが考え、生地の染色は父のような職人が手掛けています。また、浴衣に仕立てるために、縫製を担当した方もいるはずです。販売員の給料や、スーパーマーケット内に出展するためのテナント料も必要です。このようなコストはどのように捻出するのでしょうか?
浴衣に特別な思い入れのある私としては、100円という価格が設定されていたことにどうしても納得できませんでした。

近年、イラストや音楽の著作権を解放して(フリーにして)、どうぞ自由にお使いください、というサービスを目にします。著作した当の本人は「皆さんに気軽に楽しんでほしい。」とお考えになっているのかもしれませんが、時間や手間をかけ、知恵を絞って生み出したものなのに自らその価値を放棄してしまって本当に良いのでしょうか。
また、本来ならば適正な対価を得られるはずなのに、「あっちのサービスは無料なのだからこっちも面倒見てよ。」と本意ではない条件を強いられることもあるでしょう。そうなると業界全体にとってもマイナスにしかなりません。

消費者として1円でも安いものを求める心理はあるところですが、労働の対価や商品の価値を正しく認めることが健全な市場を形成するために最も重要なのではないでしょうか?