[ブログ] 楽譜de散歩
2022.12.01 その他

「読書」に思うこと。  脇澤 一弘(CARS幹事)

【執筆者】脇澤 一弘(CARS幹事)

2018年2月20日、代々木上原駅のすぐ近くにあった「幸福書房」が閉店しました。もっとも、駅構内には別の書店があるので、本を購入するという意味では困らないはずですが、実際に店が閉まってしまうと、その喪失感は思っていたより大きいものでした。 長年、会社の行き帰りに立ち寄っていた町の本屋さん。そこで何気なく過ごす数分間は、日常にある非日常への貴重な入り口だったから、かもしれません。

私はJASRACに入社して最初の6年間、横浜支部に勤務しておりました。そのうち3年間は、葛飾区は青戸に居住していたので、そこそこ遠距離の通勤だったと思います。事務所の最寄駅の関内まで、京成線青砥駅から、都営浅草線、京浜急行そして京浜東北線と、片道たっぷり1時間以上は電車に揺られていたことになります。当時はまだスマホも無かったので、この時間を過ごすために、とにかく文庫本は手放せませんでした。何せ乗車時間が長く、2往復もあればたいがい読み終わってしまっていたので、手に持っている読書中の1冊以外に、カバンの中にも予備の1、2冊入っていなければ安心して電車に乗れなかったものです。

私が読書好きになったのは、小学校低学年のころですが、少年時代を過ごした昭和50年代は、今にして思えば不便な時代でした。スマホどころか、電話はダイヤル回線の黒電話、インターネットなど無いので、テレビ・ラジオ・新聞・雑誌の存在感が非常に大きかったのもうなずけます。そんな中で、読書は極めて貴重な娯楽であり、作中の人物を通して様々な体験が得られる情報ソースであったのだと思います。そして何より、日常に居ながらにして、様々な別世界(過去や未来、海底や宇宙、外国や架空の世界など)に旅ができることが醍醐味です。文章の表現から、主人公やヒロインの顔形、見知らぬ世界の風景を想像して、自分の中に広げていけることに楽しみを見出していましたし、それは 50代となった今も変わりません。

ところが、世の中は変わってしまいました。電子書籍・電子雑誌の売上が伸びていることと反比例して書店はどんどん減少し、2000年からの20年間で、店舗数と紙媒体の出版物の売上がほぼ半減している、とも聞いています。 もし、このような状況が、「紙の本を読む習慣」が徐々に失われていることを示しているならば、とても残念なことに感じます。

なぜなら、書店で出会った1冊を「手に取る」、その質感から「読書」が始まるのではないかと私は思うからです。右手は吊革につかまりながら左手だけでページを繰り、就寝前にはベッドライトで文字を追い、日常の中で別世界を駆け巡る、そういう楽しみをこれからも多くの人に味わってもらいたい。でも、そのような考えは、単に紙の本に慣れている年齢層だから、というだけで片付けられてしまうのでしょうか。

非日常への貴重な旅の入り口がこれ以上減らないように、と願いながら、今日も本を片手に電車に乗ります。今は片道20分ほどですが。