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大谷 惠美
<プロフィール>
大谷 惠美
音楽教育家/音楽プロデューサー/詩人
国立音楽大学教育音楽学科卒業。音楽教諭として高校での勤務を経験した後、(株)河合楽器製作所研究部門にて幼児・児童の音楽活動実践を通した音楽教育プログラムのソフト開発を多数手がける。同時にカワイ音楽教室の講師教育を担当する等、全国的な教育活動に携わり、主任研究員を経て20年の勤務の後フリーとなる。
現在、詩作を中心に執筆活動を展開。また、25年にわたり継続的に地域の施設等で親子のための音楽活動を行い、並行して思春期から成年期の心の問題に寄り添うカウンセリング活動を続けている。音楽プロデュース、ジャンルを超えた各種音楽イベントのディレクション等で幅広く活動を行っている。
2005年に、作曲家、故佐藤敏直氏の作品継承を目的に「音の杜〜佐藤敏直プロジェクト〜」を発足。演奏会等をプロデュース。2006年4月「日本のこどもたちへ」(紀尾井ホール)を開催。プロの演奏家と子供たちとの共演のステージを実現し好評を得る。2008年7月には、「佐藤敏直ピアノ作品の彩り」(第一生命ホール)にて、プラスティックアニメ(リトミック)の研究グループによる身体表現とのコラボレーションによる、ピアノ作品の演奏会を造形的に実現、さらに子供対象の公開レッスンを取り入れたプログラムで話題を集める。
これまで、音楽講師のためのリトミック研修、幼稚園教諭、保育士の研修を多数担当。こどもの音楽活動作品多数。NHK「おかあさんといっしょ」、合唱作品への作品提供等を行う。宮川彬良氏による「アキラさんのソングブック」(2008年夏発売)楽譜(音楽之友社)とCD(クリエイティブコア)に5作品提供。
現在、カワイ音楽教室プロデューサー、音の杜(佐藤敏直プロジェクト)代表。ジャズトリオ「TRIO'」(福田重男pf. 森泰人bass. 市原康ds.)「i-produce」ディレクター。幼児音楽研究会、日本ダルクローズ音楽教育学会、日本音楽療法学会会員。
 
合唱の旅、そして教職を経て、音楽教育の問題に取り組む ピアノ・レスナーの世界での楽譜コピー
問題
人を元気にするのが音楽家の仕事 楽譜が「ホンモノ」だという意識
音楽療法の世界での楽譜ニーズ 「生きている作曲家」の顔をみせたい
不特定多数の人たちに伝える努力を作曲家はしている 変化のきざしはある
「佐藤敏直の全体像」を伝えたいけれど
7. 楽譜が「ホンモノ」だという意識
対談写真
大谷:
そこのところが「根本的な理解」という問題につながりますね。私自身、学生時代からずっと合唱をやってきまして、実は「楽譜はコピーして使うもの」というのが半ば常識的になっていたところがあります。コピーがいけないという感覚がなくて、要するにそれが「ホンモノか」という意識がないんですね。この楽譜には作家の魂がこもっていて、楽譜は作品なんだ、という意識が楽譜を見る人たちにない。私にも欠落していました。「印刷物」としてしか意識がないですね。楽譜は作品なんだ、作家の魂がこもっているんだ、という感覚がどうやったら一般の人たちに広がるか、広げられるか、ということが今、とても強く感じている問題です。こういう業界で仕事をさせていただいたことで、これは大変なことだとはっきり分かってきたわけですが。
小森:
コピーの蔓延によって、「オリジナルとコピーの区別」がつかなくなっていると思います。「オリジナルという意識の希薄化」ということなんです。オリジナルの復権、作者の主張はやはり必要だと思います。たとえばルネサンス時代のある有名な作曲家の楽譜をダウンロード自由のサイトからダウンロードした。それは一見正しい内容の楽譜のように見えるけれど、原譜として準拠するに足りるものかどうかを誰かがどこかで検討したものだという確証はないものなんですよ。責任をもって監修、校訂している人の姿が見えない。作品もそうです。オリジナル、っていうことに対する関心が希薄になっているんですね。これがホンモノです、これが私の作品です、っていう主張が必要なのはその点です。
8. 「生きている作曲家」の顔をみせたい
対談写真
大谷:
作家ご自身が、使う立場の人たちの前に姿を現して、作品への愛情を、生み出す熱意を伝える機会が増えたらいいと思うんです。ベートーヴェンやモーツァルトの譜面をコピーしてあまりなんとも思わずにいますけれど、今、生きている作曲家にも同じ次元の意識でいてしまうんですね、つい。「私はこうして作品をつくった」という「生の感覚」に触れる機会があると、尊い、愛情のこもった、ああ、この人物からこの音楽は生まれてきたんだ、ということが伝わると思うんです。この楽譜は「生もの」なんだという感覚を持てると思うんですね。例えばJASRACの方がいらっしゃって「これはやってはいけません」と言われると、上から通達されるような意識になってしまいますが(笑)、そうした違法行為はいけないという意識づけとは別に、「これはなんて尊いものなんだろう!」ということ、「いま手にしている楽譜は、生み落とされた作品なんだ」ということが伝われば別なことになると思うんです。
小森:
作家の顔が見えない、というわけですね。
大谷:
そうなんです。作家の方に出向いていただいて、「コピーしないでください」という直接的な形ではなくて、ご自身の作品に対する愛情、生み出すに至った話などをしてもらうとか、その作曲家の思いを受け取って、一緒に音楽を演奏してみるというような場がもっとあっていいのではと思います。考えてみると、学生時代、教員時代から、作曲家というのが「生きている人」だという感覚があまりなかったんですよね。亡くなった方の作品がモノとしてあるという意識しかなかった。やはり亡くなっている人の作品を演奏するケースが多いですからね(笑)。でも、作品は、生身の人間、生きていて、呼吸している人間から生まれ出たもので、魂をこめてつくりあげられたものなんだ、ということを知ることが大切なのではないでしょうか?
小森:
特に子供のときにそういう感覚を持てることが重要でしょうね。
大谷:
まったくその通りだと思います。佐藤先生と一緒に子供たちをたくさん教えてきました。先生が現れて、何人もの子供たちとその場でイメージを交わし合い、弾いて、遊んで、作品をつくっていく機会が多くありました。それが最終的に教材や楽譜になったわけですが、今、もう大学生、社会人になってしまった子供たちも、そのときの先生の自筆の楽譜を宝物にしてずっと持ち続けているんですね。先生が話した「ラベンダーの花がきれいだね」、そんな話が音楽になって楽譜というカタチになっていく。生身の人間が創る喜びというのを、作品がまさに生まれた瞬間の場所、時間を共有したという記憶とともに、そこにいた親子が味わっている。楽譜の存在は、生きた作家の感覚を受け取った記憶と一緒に手元にしっかり残っている。それでこそ作品に対する認識が変わるのではないかなと思うんです。
9. 変化のきざしはある
対談写真
小森:
もうだいぶ前ですが、楽譜に「No Copy!」っていうロゴを入れるようになった頃に、朝日新聞に子供の投書が載ったんです。「No Copy!」って書いてあるのに、先生がコピーして配っている。そんなのいいの?」って。子供はそういうところで純粋に疑問に感じたりもします。今おっしゃったような活動を積み重ねていけば、少しずつでも意識が変わっていくのではないかと思いますね。今までコピー問題にかけた時間と同じぐらいの時間をかけていけば変化が見えるかも知れない。やがてコピー防止の技術的手段が開発されるかもしれないが、それより前に心の問題で変化が起きて、あるいはこういうときはこうしなければいけないんだ、というような社会的な仕組みが整理されていくのではないでしょうか。
大谷:
CARSとしてこの問題に取り組まれていらして、変化のきざしはありますか?
対談写真
小森:
これまでに、CARSのパンフを約16万部配布してきましたが、その効果がどう現れているかは正直なところまだわかりません。本来、形にならないことを形にしようとしているわけで、とても難しいことなんです。ただCARSの活動をしているうちに、協力してくれる人の輪は確実に広がっています。そういうことが「変化」なんだと思います。
大谷:
私も、確実に変化はあると思っています。ここ数年で、音楽の先生、ピアノの先生方の勉強会等を見ていると、コピーに関する意識がやはり変わってきています。いけないんじゃないか?という意識が見えるようになっていますね。出版社や企業の呼びかけの努力の成果でもありますね。ただ学校の先生方や幼稚園、保育園の先生方は、社会的な情報と離れて仕事をされているケースも多いので、なかなか難しいですね。ご自宅でピアノを教えていらっしゃる先生方にもその傾向は強いと思います。社会的に問題視されていても、音楽の指導者に情報が届かないというのは残念なことですね。音楽に関わる人なのに、一方で、こういう問題の存在自体をご存知ない、ということの多いことが実は最も問題なことだと思います。でも、知らない人ほど、本来の作者の姿がわかれば確実に意識が変わると思います。知らなかったということを知った瞬間に変わると思いますね。それは「法律にいけないと書いてあるから」という理解よりも重要だと思います。
小森:
知らない人がいけないのではなく、知らせる努力が足りない、ということなんですね。啓発資料をつくっていくと、どうしてもガイドライン的な基準を示す必要がありますが、そのとき判断の拠りどころになるのが法律です。ところがそこで法律を持ち出しても誰も見向いてくれない。そこがいちばん辛いところですね。もっと危険なのは、コンピュータ時代になって、法律家自体の価値観が変わってきていることかも知れません。この時代にコピーするな、というのはナンセンスじゃないか、という価値観になってきています。だからこそなおさら、精神論で対抗していくしかない。今後、法律が出版社や作家にとって優しいものに変わっていくかと言えば、決してそうではなく、むしろ逆の方向です。それは世界中同じ傾向です。費用対効果の問題としてそうなっていくんですね。そういう時代だからこそ、今、大谷さんがおっしゃったような本質がなくなってしまう危険を考えないと。
大谷:
確かに、いまの学生さんたちをみていると、コンピュータでものを調べるのが常識で、音を聴くのもネット、譜面もコンピュータ上ですね、何を探すのも。そういう感覚のところでは、「作者がいるんだ」という認識はやはり持たれにくいでしょうし、倫理感、感性が変わってきているのでしょうね。
小森:
楽譜を出版する会社が減っている、楽器店の棚から楽譜がなくなっていく、穴があいていく、そこで気がつく。危機は足音を忍ばせて近づいているわけです。つまり多様性が失われていく、ということですね。
さきほどの「作家が現場に出て行くべき」、という意見は大賛成です。費用対効果という点でどうかという問題はあったとしても、それは著作権法そのものの趣旨にもつながるのかもしれません。創った人が、「これは私のものだ」という主張をすべきなのであって、何もしなくても安閑として権利が守られる、と考えるべきものではないということです。大谷さんが、お仕事の中でそういう企画をどんどん考えていかれるといいですね。
大谷:
なによりも「作者がいる」ということが忘れられているということですね。人間がつくったんだということに気がつけば、コピーするとき、この作家はどう感じるだろう、という思いに至る。そこだと思いますよ。学校とか、子供たちのいる現場に作曲家が出向いて行って、作品とともに子供たちに生身で触れていただく。子供たちの感覚に、その作家の人間そのものの印象と作品が一つになって大切に保管される。そんな機会がもっと増えたらいいですね。そういう機会づくりをお願いしたいと思います。そうなると、作品に対する「感覚」が違ってきますね。意味がわからないまま「禁止されたからやらない」、それだけになってしまうのとはまったく違った結果が生まれるのではないでしょうか。
(了)
2008年8月25日 採録
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