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小林 仁
<プロフィール>
小林 仁
東京藝術大学卒業。在学中に安宅賞受賞。卒業後はドイツ・ミュンヘン州立音楽大学に留学。井口基成、井口秋子、小津恒子、片岡みどり、ローズル・ショミットの各氏にピアノを師事。平岡照章、山本直忠の両氏に作曲を師事。第25回日本音楽コンクール第一位特賞、ショパン国際ピアノコンクール奨励賞など数々の賞を受賞。ピアニストとしての演奏活動に加え、作曲、編曲、指揮、講演の分野でも活躍。現在、東京藝術大学名誉教授、日本ピアノ教育連盟会長、日本ショパン協会会長、日本演奏家連盟常任理事などを務めている。
(下記タイトルをクリックすると、各セクションへリンクされます)
学生時代の思い出 楽譜の入手難が、音楽の選択肢を狭めている?
「歌のある」演奏 池内友次郎先生の思い出
20世紀音楽研究所の頃 「伝わる」楽譜とは?
見やすい楽譜とは?    
6. 池内友次郎先生の思い出
〜「楽譜の書き方がちょっときたないね、もうちょっと楽譜がきれいに書けないと」。学生としては不満でしてね(笑)楽譜の書き方より中身が問題じゃないか、って。〜(小林)
小森:
さきほど、作曲もおやりになるというお話がありましたが、作曲の先生にはお付きにならなかったんですか?
小林:
山本直純さんのお父さん、山本直忠先生に基本的なことは教えて頂きました。ごく基本的な、和声学や対位法、管弦楽法などですが。
小森:
僕は池内友次郎先生に教わりました。
小林:
池内先生は、ちょうど私が芸大にいた時代の主任教授でしたよ。魅力的な先生でしたね。ですから私も学生のとき、すでにピアノが専門でしたけれど、作品をときどき書いて池内先生に見ていただくと、「楽譜の書き方がちょっときたないね、もうちょっと楽譜がきれいに書けないと」。学生としては不満でしてね(笑)。楽譜の書き方より中身が問題じゃないか、って。でも気には留めていただいていたようで、だいぶ前ですが、ピアノの小品を出版したとき、どういう弾みか池内先生のところにそれが届いて、電話を戴いたんです。「君はピアノを弾くのをやめる必要はないけれど、まあ、もう少し作曲もしてみなさい」、と(笑)。
小森:
管弦楽法を学ぶのに、どんな本を読んだらいいか池内先生に訊ねたら、「なんでもいいから好きな曲を聴きなさいよって。聴いてわからなきゃそりゃダメですよ」って(笑)。
小林:
先生は、普段まったく授業に出ていらっしゃらないのね。で、学期末になって、ピアノ曲をなんでもいいからオーケストレーションして提出しなさい、と。普通の学生はもう、それでお手上げなんですよ(笑)。
小森:
先生に楽譜を見ていただくとね、譜面を開いて、「ここにテーマがあるなら、このへんとこのへんに同じテーマを置きなさい」とか、「ここのへんはもっと濃く」などと。
小林:
ああ、つまり「絵」としてきれいに、という感覚ですね。
7. 「伝わる」楽譜とは?
〜微妙な間合いを楽譜から読み取れる、そういう部分がありますね。機械で画一的にするとそれが伝わらない。〜(小森)
〜楽譜によって、同じ作品でもメッセージの込められ方が違う。我々が同じ作品でも複数の楽譜を持つ、というのはそういうことなんです。〜(小林)
対談写真07
小林:
楽譜を「絵」として見るという話が出ましたが、楽譜の個性についてひとつ。非常に端的な例でいうと、例えば左手に三連音があって、右手に付点八分音符と十六分音符がある場合。つまりちょっと微妙にずれるわけですね。これが作曲家によっては、三連音の最後の音符と十六分音符を揃えて書いている自筆譜と、ちょっとずれて書かれている自筆譜とがありますね。さらに出版社によっても違いが出ます。果たして作曲家は同時に演奏されることを考えていたのか、ずれて演奏されることを前提として書いたか、あるいはどちらでもよかったのか。
小森:
時代によっても演奏様式に違いがありますし、視覚的な美意識のようなものもある。
小林:
現代作品ならそれは起きないかと言うと、依然として起きてくるんですね。特に拍子記号が全く書かれていない曲で、言い方は悪いですがかなりアバウトに書かれた作品で、じゃあ上と下はどこでどう合うのか、あるいはあってはいけないのか?これは楽譜の印刷のされ方によってずいぶんと印象が変わってきますから。
小森:
楽典的な正しさ、わかりやすさと、版下制作者の美意識とか習慣とかとはまた違う。全音符の白い玉を、小節の左端に書くか、あるいは真ん中か。弾き手としては、同時に鳴ってほしい音符は揃った位置に書いてほしいなと思いますね。作曲家にも、浄書屋さんにも、それぞれ癖や習慣というものがあったけれど、演奏しやすい見せ方という部分で暗黙のルールがあった。機械でできるようになって、そのへんがどうも無機的になってきているんではないでしょうか。
小林:
今は楽譜作成ソフトの仕様に制約を受けたりする。昔は作曲家も出版社の編集者も、浄書屋さんにはよく怒られました。教えられましたね。
小森:
最後に、小林先生の楽譜に対するお気持ちについて伺いたいと思います。
演奏というものは、楽譜を単に再生している、というのではなくて、楽譜に込められたものを表現する、さきほどおっしゃられましたが、正確に弾くということだけではない、いい演奏はそれだけではない、楽譜に込められたものを演奏家が昇華して、あるいは演奏家がそれにプラスアルファして演奏してはじめて、聴き手の心に残るものになる、そうお考えなのではないかと思いますが。
小林:
楽譜を通じて、作曲家が込めるメッセージがあると思うわけです。楽譜によって、同じ作品でもメッセージの込められ方が違う。我々が、「同じ作品でも複数の楽譜を持つ」、というのはそういうことなんです。我々は楽譜というものがないと仕事にならないわけです。楽譜に対する思い入れというのはものすごくあるんです。読みやすい、読みにくい、っていうことももちろんあるんだけれど、それ以前に作曲家のメッセージが伝わりやすい楽譜と伝わりにくい楽譜がある。
小森:
それはどういう違いでしょうか。
小林:
端的な例でいうと、いちばん伝わりにくい楽譜というのはコンピュータの楽譜ソフトで書かれたもの。手書きや銅版の楽譜のほうが奥が深いように感じる。理由は論理的に説明できないんですが、再現する人間としてはこだわりがありますね。
小森:
機械で書くというのはコストダウンの面もありますが、例えば現代作曲家で非常に複雑な楽譜を書く場合、機械ではとても細かいところを対応できない、そうなると逆に手書きのまま写真にとって印刷するほうがコストがかからない、そんなケースもあるんです。微妙な間合いを楽譜から読み取れる、そういう部分がありますね。機械で画一的にするとそれが伝わらない。
小林:
ただし作曲家がきれいに楽譜を書いてくれれば、ですよね。伊福部昭先生なら問題はまったくないけれど、これがベートーヴェンだと、あのままでてきたらやっぱり困る(笑)。
小森:
いずれにせよ、演奏者にとって意味のある楽譜ということですよね。出版社はもちろん、そういうことを意識しながら楽譜を作っていると思いますから、それがいつまでも利用したい人々に提供できるような環境作りということが、ますます大切になりますね。今日はお忙しいところ、本当にありがとうございました。
(了)
2008年5月25日 採録
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