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山口 敦
<プロフィール>
山口 敦
山口 敦(やまぐち・あつし)
ライター/フォトグラファー

1959年、東京・飯田橋生まれ。 早稲田大学理工学部で都市計画 を専攻。まちづくりコンサルタントと して都市計画マスタープランや景 観保護、地域活性化の計画策定 に携わる。

同時にフリーランスのライター/ フォトグラファーとして活動。 「ジャズ・マスターズ・マガジン」(マ ガジンランド社)で「ジャズ風土記」 を担当したほか、月刊「教育音楽」 (音楽之友社)、季刊「ハーモニー」 (全日本合唱連盟)、昭和音楽大学 「アーツ・イン・コミュニティ・ニュー スレター」等にライターとして参加。 2007年からは隔月刊「あんさんぶ る」(カワイ)で「音楽のあるまち」を 連載中。また仙台クラシック・フェス ティバル、阿佐谷ジャズストリート 等では公式カメラマンを務める。

高校より男声合唱を始め、早稲田 大学コール・フリューゲルを経て現 在も「いらか会合唱団」に在籍、高 校1年から70代まで、男ばかり幅 広い年代が集まり年に一度開催す るコンサートで歌う傍ら、各地の合 唱団や全日本合唱コンクール等で ステージマネージャーを務める。

1980年の創立以来、「晋友会合唱 団」(指揮:関屋晋・清水敬一)に参 加し、新日本フィル、東京都交響楽 団、NHK交響楽団、サイトウキネン ・オーケストラをはじめ国内、海外 オーケストラと、また朝比奈隆、井 上道義、小澤征爾、尾高忠明、佐 渡裕、広上淳一、山田一雄、若杉 弘、ミシェル・コルボ、ジュゼッペ・ シノーポリ、ピエール・ブーレーズ、 ガリ・ベルティーニ、サイモン・ラト ルをはじめとするマエストロと共演。 1988年渡独、ベルリン・フィルハー モニー管弦楽団の定期公演で《カ ルミナ・ブラーナ》を演奏、サイトウ キネン・フェスティバル松本ではス トラヴィンスキー《エディプス王》、 オネゲル《火刑台上のジャンヌ・ダ ルク》、マーラー《交響曲第2番》に 末席ながら参加した。 また、ジャズピアニスト/作曲家の 谷川賢作さんつながりで、コミュニ ティ・アートのNPO、ZEROキッズ (東京・中野)に巻き込まれ、ミュー ジカルのコーラスに参加する傍ら、 「こども・まち・アート」に関わる企 画運営のお手伝いも。
 
これまでの対談を振り返って 舞台の情景
歌うのも楽しいけれど、裏方仕事も楽しい! 知ろうとする努力と、知らしめる努力
アマチュアも著作権とは無縁ではなくなってきている 法律だから守るのか?
楽譜はアコガレ
   
4.楽譜はアコガレ
対談写真
想い出の楽譜というのはあるんですよね。〜(小森)

僕らにとってはやっぱり手書き譜が嬉しかった。
三善晃さん、柴田南雄さんの楽譜。
みんな懐かしい宝物ですよ。〜(山口)
山口:
それと、これも対談の中で何度か耳にして「同感だ」と思ったことですが、楽譜出版社が なかなか利益を出せないという構造。そもそも紙の出版が時代遅れではないか、なんて いう話もあると。確かにそうとも思うんですが、でもその一方で、やはりコピーよりホンモノ の楽譜のほうがずっと持つ喜びがある。海外の楽譜とか、何となく匂いも違ったりして。 LPレコードもそうですが、つい匂いをクンクンとかいでしまうんですよ(笑)。
小森:
印刷譜をコピーして持って来て「サインください」なんて言われると、僕なんかつい中田喜 直さんみたいに、「ニセモノ!」とか言いたくなってしまいますけど、やはりそういう想い出 の楽譜というのはあるんですよね。出版されていない、まして手書きの楽譜だと、特に そうでしょうね。
山口:
忘れもしないんですが、大学のとき、三善晃さんの手書き譜を、まあ当然コピーではあり ますが、ご本人の許諾を得てお預かりして部員用にコピーしたんです。で、何故か三善 先生が曲名をお書きになってなくて、僕が書く羽目になった。当時の三善先生は筆ペンを お使いで、一幅の絵みたいな美しい譜面なんですが、そこに僕が曲名を書き込むなんて、 本当に大罪を犯すような気持ちで(笑)。何故か製図用のペンを持ち出して書き込んだん ですが、当然ヘタなわけです。穴があったら入りたいぐらい恥ずかしい気持ちで曲名を 書いたんですよ。
小森:
当時はコピーといったら青焼きですよね。あれは日に当たると焼けて見えなくなってしまう。
対談写真
山口:
そうなんですよ。ですから今ではマボロシの楽譜になって しまいました。 その後その曲は出版されましたが、僕らにとってはやっぱ りあの手書き譜が嬉しかった。柴田南雄さんの『萬歳流し』 も手書きでした。みんな懐かしい宝物ですよ。
小森:
ずいぶん活発に活動されていたんですね。
山口:
ごくまれにですが、ラジオの劇伴のコーラスとかバイトで歌ったりしたんです。スタジオに 集められて、その場でアレンジャーさんが譜面書いて、何度か稽古してからテレコをまわ す、みたいなこと。ですので、小森先生が「ブーフーウー」の音楽を書かれていたとか、 戦後に進駐軍流れの海賊版でジャズをやられていたなんていうお話を伺って興味深く思 っていたんですよ。そういえば、以前の対談で小森先生が、外科医をやりつつスタジオで 作曲家をやっていらしたと伺ったんですが、一時期にしろ、よくそんな二足のわらじ生活が できましたね。
小森:
あの頃は、今ほどスタジオの仕事も大変じゃなくて、自由度があるというか、けっこう時間 の都合をつけてもらえたっていうこともありますね。だから土日にしてもらったり、深夜に やったりもしましたが、調整が可能だったんですよ。「ブーフーウー」の人形に入ってる子 役なんかは日曜だけとか夜は何時までとか制約もありましたけどね。
山口:
小森先生が高校生時代に、すでに「本当は著作権料を払わないといけないんだよな」と いう話をしていたと伺いましたが、その時代からそれを意識されていたっていうのは凄い ことだと思います。やはりプロのバンドの世界に近い場所におられたということがあるんだ と思いますね。
5.舞台の情景
音楽の世界で、生活がかかっている方々がたくさんいる、っていうことを肌で感じ るようになってきたのは確かで、そういう人たちを困らせるようなことはやはり できない。〜(山口)

作曲家も演奏家も生身の人間っていうことがユーザーに伝われば〜(小森)
山口:
関屋先生のご縁で、晋友会合唱団というのが生まれて、小澤征爾さんの指揮でコーラス を歌うようになりました。とてもラッキーなことにいろいろな機会をいただきました。サイトウ キネンのオペラで歌うといった体験もありました。すごい物量と時間をかけたプロジェクト でしたし、罵声が飛ぶような状況で舞台を創っていく現場に、末席ながら居合わせたとい うのは幸せな体験です。そういうプロの方々の背中を拝見する傍ら、合唱連盟のお手伝 いをしていましたので、コンクールとかコンサートのようなイベントで舞台監督をやったり、 運営に参加するようになって。映画のお手伝いもしましたし、地元では子どもの創作ミュ ージカルのお手伝いなどもしています。
小森:
関屋さんのコーラスはずいぶんいろいろなことをやられていたそうですね。
対談写真
山口:
ベートーヴェンの第9の楽譜には、山田一雄さん、朝比 奈隆さん、若杉さん、小澤さん、いろいろなマエストロ の指示の書き込みが残っていて、貴重な記録だと思 っています。とにかくオケといっしょに歌わせてもらっ たり、オペラに出るというのは得難い体験ですし、 舞台はいろいろと面白いことだらけです。80年の暮れ に小澤さんと新日本フィルで第9を歌いましたが、その とき、バッハのプレリュードとフーガをシェーンベルク が編曲したものをオケがやったのを見学させてもらっ たんです。まだレコードもなくて、日本でもほとんど演 奏されたことがなかったようで、「スコアとパート譜が 違うじゃん」って小澤さんと楽員さんが床に座り込んで楽譜とにらめっこしていたり。そん な舞台情景をよく覚えています。ピエール・ブーレーズはとてもクールな指揮者でしたが、 《ダフニスとクロエ》の楽譜を、1ページ1ページ丁寧に指をなめてめくっている。ああ、 ブーレーズでも指をなめるんだな、とか(笑)。実は高校のときにあこがれて、とにかく何 でもいいから音楽をやってみたいと思うようになったきっかけというのが、ブーレーズの 来日公演だったんです。まさか彼の指揮で歌うことになるとは思ってもみませんでした。 晋友会合唱団が生まれた80年というのは、まだサントリーホールもオーチャードホール もない時代で、小澤さんとはじめてご一緒したマーラーの交響曲8番の演奏会場は日比 谷公会堂でした。なにしろオザワのマーラーだっていうんでみんな舞い上がっていて、大 学をサボって少し早くホールに行ったんです。そうしたら小澤さんと新日本フィルは《カル メン》の稽古をやっている。僕らはもう、「マーラーひとすじ」だったんだけれど、プロの人た ちっていうのはいろんな仕事を同時にこなしているんですね。そして疲れている。ちょうど 同じころ、オケの楽員さんのインタビュー記事が出ていて、「生活に追われていて、音楽を やって楽しいと思ったことは一度もない」と書いてあったんです。胸が締めつけられそうに なった。何故かそれを一番よく覚えています。
小森:
特別な体験ですね。
山口:
確かに非常にラッキーで、特殊な体験だったと思います。いい先生や仲間に恵まれまし たね。でも考えてみると、例えば中高生の合唱部や吹奏楽部の子たちがコンクールに打 ち込みますよね。それって、一つの作品、作者と向かい合って、とても濃密な時間を過ごし ているんじゃないかと思うんです。「マーラーやブルックナーやモンテヴェルディが命」 っていうようなマニアックなリスナーよりも、学校の部活とかのほうが、よっぽど「現代の 作曲家」に身近に接しているはずだと思うんですよ。あるいは、それほど熱心なサークル でなくても、今はプロモーションビデオとか、ブログとか、アーティストの素顔に触れる機 会は昔よりずっと豊かだと思うんですよ。ですから、アーティストを身近に感じるかという のは、その人の感じ方次第なんじゃないでしょうか。要は共生感をどう感じとるか。僕自 身は「音楽業界人」ではないのですが、仲間で音楽業界に就職した人間もいましたし、 不思議な縁もあって、いろいろなことに触れる機会はけっこうあったんです。ですから、 「音楽をつくるのに、生活がかかっている方々がたくさんいる」ということを肌で感じるよう になってきたのは確かで、そういう人たちを困らせるようなことはやはりできない。
小森:
高橋徹さんが、ご自身のブログなどを通じて「作曲家・アレンジャーの素顔をみんなに伝 えたい」っていうお話を第6回でされていましたね。それから大谷惠美さんは第5回で、 まさに作曲家の先生と師弟関係にあったっていうお話をされた。作曲家も演奏家も生身 の人間だということがユーザーに伝われば、その人たちを悲しませるような違法コピーは できないという気分になるんだと思いますよ。
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