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第8回 山口敦さん~ライターの立場から~

第8回 山口敦さん~ライターの立場から~

クラブ活動や音楽サークルなどで、今、楽譜がどのように利用されているか、また楽譜の無断コピーを防止するにはどのようにしたら良いかなどを、楽団・合唱団を指導する先生方や関係者の方々、楽譜出版・販売事業に携わるスタッフに尋ねるコーナー。第6回は、山口徹大阪音楽大学准教授を迎えてお話を伺いました。

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「作り手」側と「ユーザー」側の利害が対立する問題ですから、双方に言い分とか、大げさに言えば「哲学」のようなものがあるはずなんです。それを俯瞰できたのがよかったです。~(山口)

双方の言い分のバランスが必要なのだと思います。でも、せっかく精魂込めて作ったものが報われないというのは、やはりおかしいなと思う。それがこの対談の根底にありましたね。~(小森)

小森:これまで7回の対談に立ち会い、文章を構成していただいてきた山口さんですが、以前にも全日本合唱連盟の機関誌で著作権についての記事をお書きになっていましたね?

山口:3年ほど前ですが、たまたま合唱連盟のなかで 「著作権のことをみんなで考えてみようよ」ということになって、記事を書かせていただきました。とてもいい勉強になりましたね。まず、法律についていい加減なことは書けないので、本を読んだり専門家に監修をお願いしたりもしました。でもそれ以上に興味深かったのは、この対談シリーズも含めてのことですが、いろいろな立場の方々のお話を伺えたことです。楽譜コピーも含めて著作権の問題って、それを生活の糧にしていらっしゃる「作り手」側と、お金を払って使う「ユーザー」側の利害が対立する問題ですから、いろいろな言い分とか、大げさに言えば「哲学」のようなものがあるはずなんです。それを俯瞰できたのがよかったです。対談で田中明さん(第2回)が、「対立の構図ではなく、作り手と使い手の共同作業」であり、合意を形成していくことが重要だとおっしゃっています。同じように、元文化庁の著作権課長を務められた岡本薫さんがご自身の著書の中で、著作権法を「民主主義の学校」に喩えておっしゃっていたのが印象的です。

小森:著作権の問題は、確かにユーザーと権利者の双方の言い分のバランスが必要なのだと思います。それに権利者のなかでも、儲かる構造の産業と、お金にならない、割を喰っている分野のアンバランスがあるんです。精魂込めて作っていても報われない部分があるのはやはりおかしいなと思う。それがこの対談の根底にあったと思います。

LPレコードのジャケット裏に書かれたクレジットを隅から隅まで舐めるように読んで、音楽っていろいろな人の手がかかっているんだなあと想像していたんです。 ~(山口)

モノとしては1冊の本、1枚の円盤ですが、それができるまでに多くの人の手がかかって、思いも込められているわけで、そのプロセスが軽んじられていると思うんです。~(小森)

小森:毎回、対談の口火を切って最初に僕が自己紹介をしましたよね。同じことを聞いていらっしゃった山口さんは飽きてしまったんじゃないですか(笑)。

山口:小森先生がいつも都立九段高校のご出身と話されていたでしょう。これに、とても親近感が湧いていたんです。僕も九段高校のすぐ近くで生まれ育って、同級生もたくさん九段高に行きましたし、僕が通っていた区立九段中が小森先生の母校と統合して、今は区立の中高一貫校になっているんですよ。校歌は九段高、制服は九段中のものが残ったそうです。2年前にクラス会をやりまして、みんなで学校を訪ねたんですよ。そうしたら生徒がたまたまいて、「校歌はどっちも歌えます」と言って歌ってくれたんです。九段高の校歌は、山田耕筰の作曲、与謝野鉄幹の作詞なんですね。「へぇ」と思いました。うちの校歌は、いまだにみんなクラス会で歌いますが、考えてみると作詞・作曲者なんて誰も知らないですよ(笑)。

小森:変拍子でね。学生時代はなんか変だ、山田耕筰っていったってたいしたことないじゃないか、ってね。

山口:ちゃんと校歌の作曲者を知っていて、しかも評論までするなんてある意味凄いですよ。考えてみると、学校で歌う曲って作詞がだれとか作曲がだれとか、あまり意識にのぼらないと思うんですよね。先日、ある中学校の校内合唱コンクールの録音のお手伝いに行ったんですが、プログラムの曲目紹介に曲名はあるのに作詞・作曲者名が書いてないことに気づいて、「あれ?」って思ったんです。考えてみるとそれがごく普通の学校の平均的な意識なのかもしれませんね。

小森:そもそも山口さんが音楽関係の仕事をするようになったきっかけは、どんなことだったんですか?

山口:僕はもとはといえば「美術少年」でして、歌とか苦手なほうだったんです。音楽は決して嫌いではなかったんですけどね。中学、高校と美術部で絵を描いてまして、たまたま高3の春に同級生から誘われて、中途採用なんですがグリークラブ(男声合唱団)に入ったんです。女子高と交流会をやるというのをエサに釣られたんです(笑)。それとちょうどその直前に、ある「きっかけ」があって、何でもいいから自分も音楽をやってみたいなと思い始めていたんです。もう亡くなりましたが、合唱指揮者の関屋晋先生が僕たちの先生でして、高校の1年間、大学の4年間、それに卒業後もOBの合唱団で続けてきました。最近は仕事が忙しくて幽霊部員なんですが。で、音楽の才能もないし、自分がサークルで役立つとしたら、裏方的な仕事だろうなあと思っていまして、演奏会のマネージャーをやっていたんです。チラシ、パンフレットの編集、録音、それと舞台監督のような仕事ですね。代々マネージャーの仕事が引き継がれて、見様見真似で始めたんです。僕に酒を教えてくれたのは印刷屋さんのオヤジさんでしたし(笑)。

小森:前回の座談会でも大学生のみなさんから話を聞きましたが、マネージャーはとにかくいろいろなことをやりますね。

山口:自分たちの演奏会のときに、ホールの機材を借りて録音 して、自宅でカセットにダビングしていました。レーベルは、近所の印刷屋さんの、校正機っていうんですが、手刷りの印刷機を夜中に使わせてもらって自分で刷ってカッターで切り抜きました。"Produced & Engineered by A.Yamaguchi"とかクレジットを入れて、ドルビーのロゴとかも入れましたね。LPレコードのジャケットって、よく見るといろいろなクレジットが書いてありますよね。あれの真似なんですけれどもね。

小森:家庭での音楽の環境は?そんなにたくさんLPレコードがあったんですか?

山口:いえ、親父が持っていたレコードが、クラシックでは名曲集みたいな3枚組ぐらいのボックス、それにジャズでマイルスとベニー・グッドマンが各1枚。あとは兄が持っていたレターメンのコーラス、あるといえばそれぐらいでしたかね。父に内緒で45回転の早回しにして遊んだり(笑)。ですから音楽に関して特に何があったわけでもないし、奥手だったと思いますね。ラジカセを親に買ってもらったのが中3のときで、それから深夜放送を聞き始めて、高2で小遣い貯めて買ったステレオでFMの音楽番組をカセットに録音しだした。

小森:いわゆる「エアチェック」っていうやつですね。

山口:今はFMというとBGM的に聞き流されていますが、昔はスタジオライブがけっこう多くて、クラシックにジャズにニューミュージック。矢野顕子、中島みゆき、キース・ジャレットに小室等、林光に高橋悠治。いろんな人の生演奏があって、そのカセットは貴重な財産ですよ。とにかくお金はなかったので、もっぱらエアチェック。あと図書館でLPを借りてはカセットにダビングしていました。そんな矢先に合唱との出会いがあったわけです。とにかくLPっていうのは宝物みたいなものでしたので、借りたジャケットを隅から隅まで舐めるように見て、「あっ、プロデューサーの名前って、いちばん上に書いてあるんだ。ミュージシャンより上なのか」とか、エンジニアは誰でカメラマンは誰でとか、あるいはスタジオや機材の名前とか、そういうところから、音楽っていろいろな人の手がかかっているんだなあと想像していたんです。

小森:山口さんのご本職はどんな仕事なんですか?

山口:いわゆる「都市計画」という分野でして、まちづくりのコンサルタント会社でサラリーマン生活をしていました。実は都市計画の世界でも、著作権というか、知的財産権について思い続けてきたこともあるんです。まちづくりのデザインというのは、実際に形になる道路とか公園とか建物というものを作る以前に、理念とかアイデアのようなものを考えたり、実現手段を考えるというプロセスに関するノウハウも必要なんですが、そういう「形にならないアイデアとかノウハウ」に対してお金を払うという文化があまりないんですね。ですから、土木建築の工事の部分には大きなお金が費やされるのに、アイデアを考える部分に対する対価も評価もまだまだ低いんです。

小森:楽譜、それにCDやDVDもそうだと思うんですが、モノとしては1冊の本、1枚の円盤ですが、それができるまでに多くの人の手がかかって、思いも込められているわけで、そのプロセスが軽んじられているという問題は案外共通しているかもしれないなと、今の話を聞いて思いますね。

著作権の意識も、昔と比べるとだいぶ上がってきたとおっしゃいましたが、いったいなぜそういう変化が生じたんでしょう?~(小森)

現代の作曲家の作品をたくさん歌い、若い作曲家たちとリアルタイムに歩んできた。そこから作曲家の方々との「共生感」のようなものが生まれたのではないかと思うんです。~(山口)

小森:合唱連盟の機関誌の話に戻りますが、Q&A形式で著作権処理の基礎知識を整理してわかりやすく書かれていましたね。

山口:アマチュア合唱団が演奏会を開くときに、実務としてどういう手続きが必要で、何が問題なのか、実地に理解したらいいんじゃないかな、とマニュアル風にしてみたんですよ。

小森:取材を通じて、どのような感想をお持ちになりましたか?

山口:著作権法のことを勉強してみて新鮮な驚きだったのは、「誰にでも著作権はある」ということです。日本を含めほとんどの国では、何も特別な申告とか必要なくて、創作と同時に著作権が生ずる。子どもの絵や作文に対しても、オリジナリティさえあれば、です。同じ知的所有権でも特許とかそういったものと混同して、そこが意外と誤解されているんじゃないでしょうか。著作権っていうのは芸術家とか企業の特別な世界であって、一般の人間には関係ないという意識。ちょっと他人事のように捉えられていたんではないかと思うんです。

小森:作曲家は権利も持ちますが、たとえば詩人の許諾を得なければならないとか、他の著作物を使用して創作する、いわゆる「ユーザー・クリエイター」(ユーザーであり、同時にクリエイターである)という立場です。そういう意味でリスクを自分で管理する責任と知識が必要ですよね。その意識が、音楽大学の作曲科などでもあまり教えてこられなかった。そんな反省がありましたね。田中さんもおっしゃっていましたが、アマチュアもCDやDVDの自主制作が当たり前になってきていますし、YouTubeにもたくさんアップロードされていますよね。ですから実はアマチュアでも著作権の問題に直面していると思います。この対談シリーズでも、楽譜のコピー問題で大きな問題があるのではないかとたびたび話に出てきたのが、アマチュアの合唱や吹奏楽の愛好者、それともうひとつは学校教育の場でしたね。

山口:ビジネスでやっているわけじゃないんだから、っていう思い、甘えと言ってもいいかもしれないけれど、それがあるんじゃないでしょうか。吹奏楽と合唱というのはアマチュア音楽のサークル活動としては二大市場ですよね。コンクールだけみても、吹奏楽コンクールに参加する高校は3,200校だそうで、夏の甲子園が4,000校ですから、それに迫っています。合唱もそれには及ばないとしても、たとえばNHKの合唱コンクールには小中高合わせて2,300校も出場しているそうです。合唱はコンクール以外にも発表の機会があって裾野が非常に広いですから、楽譜出版の大きな市場ですよね。大きな市場で、みんなが薄く広く負担すれば安い値段で楽譜が手に入れられるはずなのに、そうはならずにいる。

小森:しかしそんななかで、アマチュアの世界での著作権の意識も昔と比べるとだいぶ上がってきているようですが、山口さんの周囲ではどうですか?

山口:僕らも昔は、意識はありませんでしたね。70年代には楽譜といえばコピーするものでした。あと、よその大学が初演した楽譜を借りて無断でコピーして、無断で演奏会で歌って、作曲家にとても怒られたことがあるんですよ。当時は下っ端だったので先輩から聞いた話ですが。でも、いつの頃からか、関屋先生が率先して「コピーはやめよう」とおっしゃるようになって自然と定着してきましたね。今では後輩の高校生も、楽譜をちゃんと買っています。

小森:関屋さんには、僕も作品を一度演奏していただいたことがありますよ。作曲家協議会の演奏会だったと思います。しかし、いったいなぜそういう変化が関屋さんに生じたんでしょうね?

山口:今となってはよくわかりません。ただ推測ですが、関屋先生もその弟子たちも、日本の若い作曲家の作品を非常に積極的に演奏してきたんです。ですから作曲家と身近に接する機会があった。そういう環境が自然とそうさせたのではないかな、と思うんです。三善晃さんや武満徹さん、あるいは谷川俊太郎さんみたいな大家を敬愛する気持ちもありましたが、その一方、若い作曲家とはリアルタイムに一緒に歩んできたわけです。そこから作曲家の方々との「共生感」のようなものが生まれたのではないかと思うんです。歌っている僕らも、その影響は当然受けていると感じます。

小森:古橋富士雄さんも対談(第1回)でおっしゃっていましたが、やはり指導者の影響は大きいのではないかと思いますね。そういえば小林仁さん(第4回)がおっしゃっていたことも思い出します。ベートーヴェンのような古典だけを演奏していたときには気づかなかったけれど、現代音楽を演奏するようになって著作権の問題に突き当たったと。