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第2回 田中明さん~楽譜出版社の立場から~

第2回 田中明さん~楽譜出版社の立場から~

クラブ活動や音楽サークルなどで、今、楽譜がどのように利用されているか、また楽譜の無断コピーを防止するにはどのようにしたら良いかなどを、楽団・合唱団を指導する先生方や関係者の方々、楽譜出版事業に携わるスタッフに尋ねるコーナー。第2回はCARS委員で(株)全音楽譜出版社取締役会長の田中明氏を迎え、お話を伺いました。

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小森:田中さんは、海外の会社を含め、音楽出版のお仕事を長年されてきましたね。作曲家が書いたものを出版物にするにあたっては、いろいろな過程を経ているんだと思います。楽譜づくりに関わる興味深いお話をうかがえるのではないかと楽しみです。さて、私たちは、一言で「楽譜出版社」といいますが、まずその世界のことを教えてください。

~日本の楽譜出版界っていうのは、わずか30数社の、ほんの小さな世界なんです。~(田中)

田中:いわゆる楽譜出版社というのは、日本楽譜出版協会(JAMP)に所属する31社(2007年11月現在)を中心に、所属していないものを入れても、35社とかせいぜい40社、その程度なんです。その中には作家の方と契約を結んで作品の著作権を取得・管理し、プロモートを行う『音楽出版者』を兼ねている会社も、若干ですが含まれています。それらの会社は、楽譜の出版による収入に加えて著作権の収入もありますが、大方の楽譜出版社は楽譜の売り上げが主たる収入源です。

小森:数から言えば日本の出版業界全体からみても、非常に小さく、専門的な世界なんですね。市場規模というのはどれぐらいあるのでしょう?

田中:JAMPで10年ほど前に一度だけ加盟各社に問い合わせたんですが、その集約結果が年間約250億円でした。それを楽譜出版社の売り上げに当たる卸ベースの金額に換算すると約150億円ぐらいでしょうか。国別ではおそらくアメリカに次ぐ市場です。決して小さくはないと思いますが、市場規模は減少していて、現状はその当時の80%以下になっているというのが楽譜出版社の実感です。また、この数字は出荷ベースの金額で、楽譜が返品されることなどによるマイナスをしていませんから、実際の金額はもっと小さくなります。ポピュラーなど、ジャンルによってはこのマイナス分を無視はできないのです。

小森:アメリカに次ぐ市場とは、ある意味、「楽譜大国」と言ってもいいのかもしれませんね。でもその一方、楽譜出版社の利益率は低いとききます。儲からないから楽譜の値段も高くならざるを得ないと言われてきましたが。

田中:出版している楽譜単位では利益率は様々ですね。平均するとやっぱりきつい。先ほどの150億にしても30社で割れば5億円です。一企業としては決して大きな金額ではないですから、余裕はありません。そのうえ市場は縮小しています。いろいろコストダウンの努力はしても、やはり採算性は厳しいですね。決して暴利をむさぼっている訳ではないんです。音楽出版者でもある会社はトータルとして著作権収入も含めて赤字にならないようにして、そうでない会社は楽譜の売り上げのみですが、こちらも小説などのように何万部、何十万部というヒットが出るものでもなく2,000部、3,000部というレベルで、収益性は低いのです。それを積み重ねて細々とつなげているのが実態です。ですから楽譜の値段が高いかと言われれば、そうは思えない、それが現場の人間の感覚なんです。もっと数が売れないと価格は下げられないんです。少量多種の生産は単品当たりのコスト高にならざるを得ませんし、長時間かけて少しずつ販売されるため在庫の費用負担も避けられない、それも楽譜出版業の宿命です。

~ビジネスモデルの再構築や著作権法の改正、という大きな話になってしまいがちですが、実はそれ以前のとても単純な問題なんです。~(田中)

小森:コピー問題で売り上げが低下し、楽譜出版業界が経営的にさらに難しい状況に置かれていると言われています。著作権の専門家とか、ユーザーの方々とか、最近よく言われていますね。「楽譜出版界は古くさいやり方をしているから、世の中の流れについていけていない」だから「ビジネスモデルをもっと考え直さなければならない」のではないか、と。

田中:一理あるでしょうし、とりわけポピュラー音楽の楽譜の供給にはビジネスモデルの改善があり得るかも知れません。ただ、ポピュラー音楽はもともと市場が大きいでしょうが、その人口すべてが楽譜を必要としている訳ではありませんね。楽譜がなければ困るのは、むしろクラシック音楽を専門的に勉強している人たちであり、われわれが困っているのは、そういう人たちの中に楽譜を買わずにコピーをする人がいる、ということなんですね。またアマチュアの吹奏楽や合唱の人たちもコピーが多いようです。それは吹奏楽、合唱自体が問題なのではなくて、一つには最初にそれらと出会う場が学校であることがほとんどであることに起因しているのではないかと思います。学校教育の場で、「教育の目的なら無条件にコピーしていいんだ」という誤解があるし、コピーが著作権法上も認められている場合でも「本来は著作権者の許諾が必要なんだけども一定の条件の範囲内でなら例外的に権利が制限されてコピーができる」ということの理解までは伴っていないので、コピーの楽譜をもらった生徒たちは楽譜をコピーすることは『普通に』やってもいいことだと思ってしまう。 学校でコピーを行う場合でも部活動で使うためであれば無断ではできないし、生徒たちが卒業してからアマチュア吹奏楽団や合唱団に入って、そこで団員に配るために無断で楽譜をコピーするなんてことはできないということにつながらない。だから、そのところの正しい理解が必要です。

小森:そういったコピー行為のために、本当なら100部売れるはずなのにゼロになってしまっている、という、その売り上げ減少を食い止めたい。そういう、ものすごく身近なところの話をしている訳ですね。

田中:そうです。「ビジネスモデルを時代の要請に合わせて変えていくべき」ということ、それはそれで別の次元の議論としてあると思いますが。

~著作権法ができた時代と、状況は相当変わってきています。実情を踏まえて作る側と使う側の話し合いができる場が必要ではないでしょうか。~(田中)

小森:自由利用できるケースというのは著作権法でちゃんと決められている訳ですから、それはそれで構わない訳ですね。

田中:その通りです。ただレンタルレコードの問題から、貸与権が創設された時と同じで、法律ができた1970年当時には予想もしなかった状況が生まれています。これほど良質なコピーが大量に簡単に誰でも安くできる、ということになってくると、現行の30条の私的使用が権利者に及ぼす影響も自ずと変化しているはずです。

小森:学校でも無制限に膨大な量のプリントをすることは許されないし、35条のガイドライン(注1)ができたとき、「教材として作られているものはコピーしてはいけない」というような権利者側の意向は書き込まれていますね。

田中:「私的使用」として認められたコピーやそれ以外の無断コピーによる影響も含めて楽譜の市場が縮小し、出版環境は相当に厳しくなってきています。そういった実態をわかってもらって、音楽や楽譜を作る側と使う側が一緒にこれからを考える話し合いの場が必要なのではないでしょうか。

~楽譜というのは出版物の中でも、とても特殊なものだと思うんです。必ず「演奏」を伴いますから。~(田中)

小森:田中さんがお書きになった論文(注2)のなかで、私的使用を認める、という著作権法第30条1項に、『ただし、楽譜を除く』と加える必要があるのではないかとおっしゃっていますね。法律の組み立て方として「これはかまわない」、だけれど目的外使用は許さない、と別の項目で設けている。果たして実効性があるかどうかが問題ですね。

田中:特に楽譜は一般書籍などと違って、演奏するための情報として作成されるわけです。楽譜を私的使用のため適法にコピーしたとしても、練習に使うだけでなく、後日、公の演奏でも使われる可能性は高いですよね。演奏会に際して改めて楽譜を買い直すとは考えにくい。楽譜自体は著作物そのものではない訳だけれども、これがないと演奏ができない。しかも演奏され、録音され、放送され、CDになって、サウンドトラックになって、といろんな使われ方をする。そういう意味で、一般の書籍などと形態は同じでも全く出版目的も使用目的も違います。

小森:ちなみに欧米では楽譜の無断コピーに関してはとても厳しいと聞きますが、実際に海外で楽譜出版に関わられた経験から、そうしたことはご覧になったことはありますか。

田中:典型的な例として、フランスでは、「セアム(SEAM)」(注3)という楽譜コピーの管理をする団体があり、コピーの管理と違法コピーの摘発、という役目を果たしています。5年ぐらい前ですか、地方のコンセルヴァトワールの院長の部屋にコピーの楽譜が沢山あって、注意したのにいうことをきかなかったため訴えられました。有罪判決の末、支払われた罰金がなんと1万円に満たなかったんじゃないかと思うほど少額でしたが、違法コピーは断じて許さないという断固とした態度を示して、それはニュースバリューと宣伝効果という点で抜群なものがありましたね。

小森:日本のオーケストラが向こうへ行って演奏するとき、貸譜を使って演奏することが多い訳ですが、そこにコピーがあったりするとやはり問題になるようですね。

田中:ええ、演奏ができなかった例もあるように聞いています。日本国内でもそうですが、そういうこともあってオーケストラは貸譜をきちんと借りて使っていますね。全音(全音楽譜出版社)では、多くの外国出版社のレンタル楽譜の日本代理店もやっていますが、例えば、日本の交響楽団が海外のある国へ行って演奏する時、その国で当該作品の管理をしている出版社は必ずそれを調べます。で、全音から借り受けて、レンタル料金を支払って持ってきているんだとわかればそれは問題ないけれど、それがなくて、出所もわからないで、しかもそれがコピーだということになれば、これはなんだ、ということになる。その辺りはきっちりしていますね。日本でも来日オーケストラに対しては同じですけれどもね。

注1:「学校その他の教育機関における著作物の複製に関する著作権法第35条ガイドライン」:平成16年1月1日施行の著作権法改正で第35条(学校その他の教育機関における複製)による著作権の制限が拡大されたことに伴い、権利者側がそのガイドラインを作成、公表したもの。ガイドラインについては学校その他の教育機関における著作物の複製に関する著作権法第35条ガイドラインを参照のこと。

注2:「楽譜出版者の法的保護等に関する一考察(提要)」(著作権法学会誌「著作権研究29」所収、2003年10月発行)

注3:SEAM(「楽譜出版者と音楽著作者の協会」):フランス著作権法に基づき創設され、権利者から楽譜の複写・複製権の譲渡を受け、それに関する許諾・使用料徴収・分配業務等を行っているフランスの管理団体。

~指揮者や演奏者が読みやすい版組、ページをめくりやすいレイアウト、いろいろな工夫がされているんです。~(田中)

~まさに職人さんのこだわりですね。~(小森)

田中:私が最初に勤めたフランスの出版社では、一時期、あるシリーズの楽譜についてコピー防止のためにピンクの紙にブルーのインクで印刷した楽譜を試験的に作りました。コピーすると真っ黒になるんですが、見るからに下品で読みにくくて、これは直ぐに中止されました(笑)。

小森:日本の出版社でもコピーしにくくするような特殊な紙を使った楽譜がありましたね。ただ紙のコストが非常に高くて普及しなかったそうですが。 私が作曲した子ども向けの曲の楽譜集は、各ページの下の端にクマの絵が書いてあってページをめくるとパラパラマンガが楽しめるんです。それも表側と裏側の両方で。1曲だけコピーしてもそれはできません。これなどはコピー禁止を直接ユーザーに訴えるわけではありませんが、コピーすると「パラパラマンガ」という特性が失われてしまうという点でオリジナルとコピーの問題を象徴して抑止につながるのではないかと考えたりします。 子供たちは、そんな難しいことは考えずにパラパラマンガを楽しんでくれているんですけど(笑)。 ところで僕などの経験では、楽譜として出版されるまでに3ヵ月ぐらい日数がかかったように思います。その間、校正で3回ぐらい出版社とやりとりしましたが、どの楽譜もそれぐらいかけて作るんですか?

田中:やはりだいたい3ヵ月ぐらいかかりますね。まず内容確認後、ページ、小節や音符の割付、各種記号等のサイズを決めるなどの作業があります。そうして作られたものを通常3回程度著者校正に掛けて、表紙や目次、解説を付加して版下を作成し、ここでも校正を行ってから印刷、製本して発行になります。 実は著者によって校正のやり方はまちまちでしてね。なかにはお酒を呑みながらでないと校正ができない方がいらして、何度校正しても直らない(笑)。ただ出版社として一番困るのは、重版のたびに作品を書き変える著者ですね。気持ちはわからないでもないんですが、重版のたびに新たなコストが発生するのでは、何年経っても元はとれません。ページ組みまで影響してくるともう大変です。

小森:こういうお仕事をずっとしていらして、田中さんの側から作曲家にサジェスチョンをして、新たな領域の作品を生み出していった、そんなことはありますか。

田中:皆無ではありませんが、私は基本的に作曲家に対していろいろなことは言わないんです。失礼にあたるかな、と。創作に関わる事項は創作者の専権事項だと思いますから。ただ解説文に不適当な表現があるとか、タイトルが公表に適さないようなものだったりした場合には変更をお願いしますが。小森先生の手稿譜を拝見すると、とてもきれいに書かれていて、これだと出版社も仕事が楽ですね。

小森:作曲家によっては癖もあって、読み取りづらい手書き楽譜も多いかと思います。演奏をしながら、この音は違っている、などと書き直していくことも多いですね。

田中:初演を経て直しが入り、それから版下を起こす、というケースが普通です。ですから作曲家から楽譜をいただいていても、初演が終わって、手直しがないか確認するまで待つ、ということは多々ありますね。作曲家の手稿譜をそのままフィルムに撮って写真版で出版するような場合を除き、作曲家から受領した楽譜でそのまま出版できるケースはむしろ稀です。また、ポピュラー分野では演奏を聴きながら採譜を行い、楽譜にしていくところから始めるものもあります。

小森:前回の対談で古橋さんがおっしゃっていましたが、演奏家からみても、楽譜のレイアウトによって、演奏しやすい、しにくい、というのがやはりありますね。

田中:そのとおりです。指揮者や演奏者が読みやすい版組、ページをめくりやすいレイアウト、いろいろな工夫がされているんです。ところが、例えば横長の楽譜は店が置き場所に苦労するんですよ。また、ページをめくる具合によっては、横長の大きなページで折り込みにしたほうがいい、という場合もありますが、コスト上、それが難しいんです。普通に出版するだけでも精一杯ですからね。また、現代曲などでは、譜面台5台分ぐらい曲に切れ目がない、なんていう作品もあります。そのような場合は綴じずに折り畳んだページを挿入したり、各頁をバラで作って挿入することもあります。

小森:製品によって紙の質を変える、という話がありましたが。

田中:たとえば全音の場合、楽譜の紙質やインクにはかなり気を使っています。紙は昔から、全音のために作ってもらっている特別なものです。インクの濃さ、光の反射などに配慮されたものですが、大量に作っていますから安くできるのであって、そうでなければできないでしょうね。その他、開き具合のよい製本、子供がケガをしないような綴じ方、などの工夫もしています。

小森:まさに職人さんのこだわりですね。ページ当たりの印刷製本の単価は、小説なんかと比べてはるかに高いと伺っています。

田中:平均的な楽譜で、コピーをされる場合に1ページあたりどれぐらいの対価にしたら妥当か、という試算をしたことがありました。それによるとだいたい1ページあたり40円ぐらいでないとペイできないという結論でした。偶然にも医学書の出版社もだいたい同じ金額だとおっしゃっていました。通常のコピー代が1枚10円ほどですから、40円というのは決して安くはない金額ですが、楽譜の製作コストは一般の活字のみのものより割高です。

小森:特に現代音楽など、あまり数が出ない割に手間がかかる。それが楽譜出版の大変なところなんですね。

田中:目先の採算性だけを考えたら、できないことも沢山ありますね。

小森:でも実際にそれをおやりになっていますね。それはいったいなぜなんでしょう?