「版面権」のこと
~「コピー譜はやめましょう」というとき、JASRACなど著作権を管理する団体や事業者に手続きが必要、というのはみなわかるんですね。ところが「版下使用料」を出版社に払う、っていうのはみな知らない。制度もわかりづらいんです。~(古橋)
古橋:コピーの話に戻りますが、たとえばフィンランドなんかだと私服刑事みたいなのが演奏会場にいて、違法コピーをみつけると「御用」になるそうですね。あれは厳しいですよね。
小森:フランスも厳しくて演奏会場に違法コピー譜があるとずいぶんお金をとられるそうです。また、イギリスでは法律自体に版面権の規定がありますからね。
古橋:そう、日本では法律で定められていない「版面権」というものについても、よくわからないことがあるんです。合唱の世界ではよく講習会というものをやるんですが、そこで教材として楽譜を使うんですね。3社の楽譜から1曲ずつコピーして講習会で使用したい、というとき、JASRACなど著作権を管理する団体や事業者に手続きが必要なことはわかるんですが、出版社が求める「版下使用料」、これがはっきりと理解されていない。講習会で1曲だけのために楽譜を1,500円で購入。3曲違う曲集から選んだら、歌う人は4,500円必要になる。それはちょっと払わせられない。じゃあ3冊から歌う曲だけコピーして合本をつくろう、となる訳ですが、版下使用料のほうが高くなっちゃったりするんですよ。それで、たった1曲にそんな高いお金を払うんだったらと、どうしても無断コピーに走ってしまうんです。しかも会社によって使用料が全部違いますね。もちろん出版社がつぶれないようにと、有料であっていいとは思いますが、どういう根拠で金額を決めているのか、それがはっきりわかり、しかも全社同じであればとてもわかりやすいのですが…。
小森:全社同じ、ということでは「カルテル」で公正取引委員会から注意を受けたりしちゃうんじゃないかな。たとえばJASRACの使用料のように法律のもとに管理事業者から文化庁に使用料規程を届出しているのならいいんでしょうが、現状では楽譜の版面・版下の権利は法律に定められているものではないですからね。「版下使用料」の場合、各社それぞれが利用者と契約をするわけでしょうから。独占禁止法の関係で、金額を揃えたり、話し合ったりすることは絶対にできません。ただ、その根拠や考え方について出版社の立場を理解していただけるよう、努める必要はあるでしょうね。
編曲について
~吹奏楽のコンクールでは有名な「ラヴェル事件」っていうのがありました。出版社に無断で吹奏楽に編曲したため、コンクールの全国大会に出場できなくなってしまったんですよ。やはりあの一件以降、問題意識は高まったと思います。~(小森)
古橋:合唱コンクールの審査員をして、もうひとつ、気になるのはカットして演奏する場合ですね。申告書に「許諾を得ました」と書いてありますがそれは作曲家だけ、というケースが多いんです。作詞家への許諾を得ていないことが多い。こうカットされたら話が通じない、いやだ、っていう作詞家もいますよね。問い合わされた作曲家も「いいよ」と言ってしまいますが「作詞家のほうにも」と一言いってもらえればいいんですけどね。

小森:カットも「編曲」の一種ですが、編曲の話というと、吹奏楽では有名な「ラヴェル事件」っていうのがありました。<ダフニスとクロエ>を出版社に無断で吹奏楽に編曲したため、コンクールの全国大会に出場できなくなってしまったんですよ。バンドジャーナル誌で特集記事になるほどの大事件でしたね。あの時からでしょうね、吹奏楽のコンクール前には編曲の許諾についてJASRACなんかへの問い合わせが増えるらしいですよ。許可がとれればもちろん演奏できるんですが、やはりあの一件以降、問題意識は高まったと思います。
古橋:例えばですが、バーンスタインの曲の編曲は許諾を得るのが厳しい、と話は聞いていますが。
小森:管理している出版社とか、作家自身とかそれぞれ厳しさに差があるとは思います。ポピュラーの世界ではもともと編曲しないと演奏のしようがないですから、編曲は当然という習慣もあります。でも、合唱では四部を三部に、とかそういうことでは当然許諾が必要ですね。
古橋:一昔まえの話です。「大地讃頌」はもともと混声四部でしたが、いろいろな学校で同声に編曲されていましたね。まずいから佐藤眞さんに「ちゃんと自分で編曲なさったほうがいいですよ」、って言ったことあるの(笑)。全国にはこの曲のいろいろな編曲がありますね。それに限らず、作者に無断で編曲したケースで、録音が発売中止になったなんていうケースも聞いています。
楽譜は高いか?安いか?
~出版社も利益をあげなければいけないと思います。でも使うほうは安くほしい、と思います。楽譜は買おうよ、という意識は広がっていますが、そうしてたくさん売れて、商品は安く、手に入りやすく、という、そのへんの兼ね合いがうまくいくといいんですが。~(古橋)
小森:ところで、コンサートでも、講習会でもそうですが、演奏されるお立場からすると、楽譜によって読みやすい、読みにくい、ってありますよね?
古橋:それはありますね。ページ数を少なくするために楽譜を詰める、A4をB5に、となると読みにくいんですね。印刷代にかかわってくるのでページを少なくするんでしょうが、僕なんかは、たとえ少し高くなっても読みやすいものを買いたいですけどね。
小森:学校などではB5版が多いですが、合唱のユーザーも高齢化が進み、版形は大きなA4が主流、歌詞も読みやすく、といった工夫がされています。でも読みやすくするために版を起こし直しするならまたコストがかかる。それを価格に上乗せできるか、という問題はあるだろうし。ちなみに、楽譜の「お値打ち感」ってどれぐらいと感じていらっしゃいますか?
古橋:生徒にとっては1,000円を超えるとちょっと苦しいですね。安くするためには部数がたくさん出ないといけないでしょうが。
小森:楽譜をつくる時、だいたい1,000部から3,000部ぐらいでペイできるような価格設定としているようですね。ピースだったらどうでしょう?
古橋:NHK全国学校音楽コンクールの場合、課題曲のピースは250円。これならコピーするより買おう、って思える金額ですよね。外国のピースも600円から1,000円ぐらいでしょうか。
小森:出版社に言わせると、ピースは在庫管理が大変なんだと。大変な点数になる割にそれぞれそう多く売れるものではないし、あまり大量に刷っても保管のお金もかかるし年月を経ると紙も焼けて売り物にならない。千部単位で刷って、売り切れたら再版する。販売部数の読みは難しいんだと。
古橋:出版社も利益をあげなければいけないと思います。でも使うほうは安くほしい。楽譜は買おうよ、という意識は広がっていますが、そうしてたくさん売れて、商品は安く、手に入りやすく、という、そのへんの兼ね合いがうまくいくといいんですが。インターネットでダウンロードできたり、便利になると紙の楽譜が売れない、そういうこともあるんでしょうか?
小森:あるようですね。インターネットも使い方に工夫が必要なんでしょうね。キャンペーン的に使うとか、あるいは見本として曲の一部だけダウンロードできるようにするとか。ダウンロードに課金できるシステムやコピー機でコピーが出来ないような楽譜の印刷技術もあるらしいんだけど、まだコストが高過ぎるんですって。
古橋:コピー代が高くつくなら買おう、と思いますがね。ただやはり楽譜は高いですね。値段が据え置きの出版社もありますが、古い在庫なのか、再版しても値段を据え置いているのか。
小森:会社によって合唱楽譜の売り上げへの依存度の高い,低いの違いはありますし、価格を安く抑えるところ、あげるところは事情によりそれぞれでしょうね。