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高橋 惠美
<プロフィール>
高橋 徹
大阪音楽大学准教授/指揮者
 1958年京都生まれ。1982年大阪音楽大学大学院修士課程作曲専攻修了。現在、大阪音楽大学准教授。作曲を近藤 圭氏に、管弦楽法を大栗 裕氏に、指揮を小泉ひろし、辻井清幸の両氏に師事。
 
指揮者としては吹奏楽以外にもオペラ、オーケストラ、弦楽合奏、マンドリンオーケストラ、合唱、邦楽の合奏など幅広く活動をしており、特に新作初演を多く手がけています。育てたバンドは数知れず。無名のバンド、下手なバンド、貧乏なバンドを好んで振る妙な習性(?)があり、現在はひとつのバンドに籍を置くことなくあちこちのバンドの客演指揮や指導をしています。指揮法や編曲などのクリニシャンとしても全国各地に赴いて活動しています。
  作曲の方はもう10年以上前に絶筆したままですが、吹奏楽用の編曲は今もたくさん書いており、オランダのデ・ハスケ社などから出版されています。
対談 第6回 「楽譜のコピーについてこう考える」
 クラブ活動や音楽サークルなどで、今、楽譜がどのように利用されているか、また楽譜の無断コピーを防止するにはどのようにしたら良いかなどを、楽団・合唱団を指導する先生方や関係者の方々、楽譜出版・販売事業に携わるスタッフに尋ねるコーナー。第6回は、高橋 徹大阪音楽大学准教授を迎えてお話を伺いました。
 
「男の世界」だった吹奏楽 作・編曲家としての自分をみてほしい
現場でおぼえた編曲の仕事 出版社や販売店のリスクはわかる
若い作曲家がどんどん育っている 本物の楽譜に触れる機会を
「うしろめたさ」をもつのはいいこと 作り手と利用者の間で
   
1.「男の世界」だった吹奏楽
対談写真
小森:
うちの親父はN響のティンパニストでしたが、もともと軍楽隊から打楽器を始めたんです。陸軍戸山学校なんですが。
高橋:
ああ、あの有名な戸山学校でしたか。戦後にオーケストラの奏者になった方がたくさんいらっしゃったとか。
小森:
ええ、クラシックの吹奏楽奏者の半分は海軍、半分は陸軍だったと言ってもいいでしょうね。それから初期のころの新響(新交響楽団,NHK交響楽団の前身)などは、三越の少年音楽隊出身、特に弦の方は多かったですね。黒柳徹子さんのお父さんも三越出身です。それから、「ジンタ」っていうんだけれど、映画の伴奏音楽をやっていた方もいらっしゃいましたよ。高橋先生は、いつ頃から吹奏楽の世界に入られたんですか?
高橋:
よくあるパターンですけれど、中学校で吹奏楽部に入ったのがきっかけです。楽器はいろいろ、その当時はフルートをやっていました。それから高校に入ってフルートからピッコロに変わって、それからチューバにかわって。それから打楽器にかわって(笑)。
小森:
なぜまたそんなにいろいろと?
高橋:
それぞれ事情があるんですよ。中学に入学したとき、小学校のときからの友達と、どこの部に入ろうかって、放課後に学校をうろついていたんです。そうしたら、よくある話ですけど、音楽室の前を通りかかったときに引きずり込まれて。怖い先輩でしたよ。昔は硬派でしたからね、吹奏楽部っていうのは。今でこそ、どこも女子生徒ばかりですが、当時は男の世界ですから、「お前入るんだな!」とか言われて、「はい」って言わないとならない雰囲気で。「どの楽器やりたいんだ」って言われましたが、吹奏楽でどんな楽器があるのかも実は知らなかったんですよ。そういえばフルートってあったな、そんな楽器が、って思って「フ、フルート」って答えたら、「フルートだな!」って。フルートのまた怖い先輩のところに連れていかれて、それからずっと吹いていましたね。
小森:
それはわかりますよ。僕も高校は男子校でしたから。
高橋:
高校でもフルートだったんですけれど、低音楽器がひとりもいなかったんですね。で、棚にチューバが一本だけ放り上げられて、埃をかぶっていた。誰かがやらなくちゃならないのかな、ってことで、じゃ僕やるよ、と始めたのがチューバです。その前にピッコロもやりましたけれどね。で、チューバが一本しかないところに、後輩にチューバが入ってきて、じゃあ譲ってやろうかと思いました。実は僕はずっと打楽器に憧れがあったので、じゃあ僕が打楽器いくよって。で、大学では作曲科です。
小森:
そりゃすごい音楽歴ですね。僕なんかは中学二年で終戦でしたが、楽器はあっても吹奏楽部がなかったんですね。音楽の先生も初めの頃はいらっしゃらなかったですね。なので僕らはコーラスを始めたんです。それと、ピアノが少しばかり弾けたもんですから、たちまちジャズに夢中になってしまいました。仲間内にけっこう達者なのがいまして、クラリネット、ギター、ベース、あとアコーデオン。で、僕がハワイアンギターをこしらえました。戦争のときに強制疎開というのがあって、空襲で火事が延焼するのを防ぐためなんですが、家を強制的に壊すわけです。で、壊した柱がごろごろあったので、それを切りまして。いい柱だったんですね、それにギターのスチール弦を張って、あと陸軍が使ってたヘッドフォンですね、中にコイルがあるんだけれど、そんなのも使って、秋葉原の電気街、当時は露店ですが、パーツを買って来てアンプを組み立てた。それでハワイアンですよ。けっこう稼ぎに行っちゃったりして、進駐軍に。
高橋:
そりゃ素晴しい話ですね。
2.現場でおぼえた編曲の仕事
対談写真
小森:
進駐軍でジャズをやったのが、自分の作曲の経歴にとってよかったと思います。メロディとハーモニーを、ハイって渡されるんですが、そこで変なアドリブでもしようもんなら怒られる。その体験が結構役に立ったんです。高橋先生は、作曲、編曲にご活躍されていますね。
高橋:
僕が高校の吹奏楽部で部長をしていた時代、最も少ないときで部員が9人しかいなかったんですよ。当たり前ですが9人でできる曲なんて楽譜売ってませんよね。愚かにも一応探しに行きましたが、あるわけがない。じゃあ部長の責務でもあるし何か書くか、と、いろいろバロックものとかをアレンジしてみんなに渡して。そんなことをやっているうちに編曲を覚えていったんです。恵まれない環境で吹奏楽をやっていたおかげで今、アレンジができているようなものなんですよ。
小森:
戦時中から軍艦マーチだとかいろいろあって、吹奏楽も身近には感じていたんですが、作曲家としては、あまり書こうとは思わなかったですね。いろいろ楽器が多すぎて、移調楽器なんかもあるでしょう。大学ではどのように教わりましたか?
高橋:
音大の作曲科には管弦楽法っていうのはあるんですが、吹奏楽法っていうのは授業がありません。今でこそ僕が大学で教えていたりしますが、昔はなかったですね。
小森:
吹奏楽を書くのは難しいですよ。オーケストラのほうが、おそらく書く時間は3分の1で済んでしまう。
高橋:
オーケストラって役割分担が割とはっきりしているじゃないですか。弦楽器、木管、金管、打楽器でそれぞれに役割がある。吹奏楽って、弦に相当するものがないですから、みんなが頼り合って、一緒につくっていくようなところがあります。あるときは幹になってまたあるときは枝葉になって、というふうに。そこが確かに難しいですね。学生時代に大栗裕 先生(※)にも言われたことがありますよ。オーケストラは簡単だが吹奏楽は難しいぞ、と。
(※)大栗 裕(おおぐり ひろし1918−1982)「浪速のバルトーク」と称された作曲家。
ホルン奏者を経て作曲家となり管弦楽、吹奏楽、マンドリン音楽などの分野で活躍し作品を残した。
3.若い作曲家がどんどん育っている
対談写真
小森:
吹奏楽の作曲や出版の事情を教えていただけませんか。今どのような動きがあるんでしょう。僕はTBSのこども音楽コンクールの審査員を30年ぐらいやっていますが、このごろ日本人作曲家の作品が増えているように感じるんですが。
高橋:
吹奏楽は、20世紀に入ってからやっと「屋根のあるところ」でちゃんと演奏させてもらえるようになったんですね。もちろん吹奏楽の歴史は古いんですが、屋根のある場所で、というのは実は歴史が浅いんですよ。バロック、古典、ロマン派っていう、音楽史の一番おいしいところがないんです。今の作曲家がそこのところを一生懸命埋めるべく書いてくれていると思いますね。
小森:
吹奏楽連盟がコンクールの課題曲を委嘱、出版していますね。
高橋:
1971年からずっと毎年続いていますね。若い作曲家の作品が出て来ています。30年前だと兼田敏先生と保科洋先生の二大巨匠以外に、あとは誰が?という感じでしたが、今は覚えきれないぐらい作曲家がいらっしゃいます。20代で売れっ子になる作曲家もいますね。
小森:
若い作曲家がたくさん出てきた背景があるのですか?
高橋:
日本の吹奏楽に関しては、小さな出版社が増えて、若い作曲家の新しい作品をどんどん出してくれる、その要素が大きいです。小さな出版社は、いろいろな意味で身軽なんでしょうかね。今まで積み重ねてきた出版物の目録が少ないという身軽さ。そういうのもあって新しい、小さな出版社が新しい作品を出してくれる、という状況があるんです。 もうひとつは、これは私も関わっていることなんですが、「響宴」というコンサートが毎年開かれているんです。そこでは完全にブラインド審査で作品を選び、よいものを演奏会で発表し、ライブCDが出され、出版社も注目しているんです。日本人の作品をどんどんやりましょうという動きがこの10年ぐらいでずいぶん盛んになってきているんですが、そういう影響もあるんでしょうね。
小森:
バロック、古典、ロマン派というところの欠落は、おそらくアレンジものによって埋められているんでしょうね。それに現代のオリジナル作品がどんどん増えていっているわけですね。
高橋:
私は、今の吹奏楽というのは、19世紀のオーケストラの事情と似ているんじゃないかなと思うんです。19世紀の管弦楽曲というのは、作曲家もわれわれの知らない人が多く、作品も星の数ほど生まれた。われわれが今知っている19世紀の作品とか作曲家というのは、たぶん氷山の一角であって、淘汰されていったものがその下に無数にあるんじゃないかなと思います。忘れ去られたものが。吹奏楽曲も、19世紀のオケと同様、星の数のように書かれて、それが22、23世紀には淘汰されて、「21世紀の吹奏楽作品はこれだ」、というようになっていくのかもしれません。
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